第164話 遺体捜索はドローンで

「やはり僕は死んでいたのか」

三谷さんは嘆息して空を見上げた。

「実は僕はとんでもないドジをしたのです。就職活動もうまくいって内定ももらっていたのに、卒業に必要な単位数の計算を間違えていて卒業できないことが発覚してしまって」

山葉さんが僕の方を見た。同じ大学の学生でないと単位制度の話は理解しがたいようだ。

「どうしてそんなことになったのですか」

今更そんな話を聞いても何の役にも立たないかもしれないが、話の流れとして僕は聞かざるを得ない。

「一回生の時に必要単位数は完璧に計算してあったんです。でも2回生になった時に興味のある分野が変わったので当初の履修計画に変更をかけたんだけど、その時に間違えて絶対取らなければいけない必修の授業を削ってしまったんです」

彼は暦年では僕より5歳年上なのだが、卒業を前にして不慮の死を遂げてしまったので、僕にとっては同じ4回生の大学生の話を聞いているようにしか思えない。

「就職先が内定しているなら教授に泣きついて必修単位の追試をしてもらうとか手はあったはずですよ」

思わず常識的な事を言ってから僕は口を押えた。それは彼にとってはもう手遅れな話なのだ。

「そうか、そんな方法もあったのだな。僕は誰にも相談しないで一人で抱え込んでしまった。夜になってから自分が所属していたサークルの部室でやけ酒を飲んだ僕は、その夜がしし座流星群の極大期だと思い出して一人で空を見上げて流星を探していた。そしてそのまま寝てしまったのだと思う」

三谷さんが言葉を切ったので、僕はその先を促した。

「それからどうなったんですか?」

「どうもならないよ、その後で目を覚まして以来、時折星が流れる空をずっと見続けていただけだ。そんな時に沼ちゃんや君たちが現れたんだよ」

死者にとって時間はあってないようなものかもしれない。彼は自分が死んだ日の時空にずっと縛り付けられていたのだ。

「僕が死んでいるというならその証拠を見せてくれ、沼ちゃんだって僕とネズミーシーに行こうと勝手に約束して楽しみにしているみたいなんだ」

彼の言葉が終わるのと同時に、周囲の情景は夕暮れが迫った初冬の景色に戻った。

「ドローンを使った宝探し」に協力してくれていた大学生たちの姿がまだ近くに見えている。

「しまった、彼が酔っぱらって流れ星を探そうとしていた場所を聞き出せなかった」

山葉さんのつぶやきを聞いて僕は我に返った。

「山葉さん、僕たちは三谷さんの霊がキャンパスの端にある池のほとりに出現したことからこの周辺を探そうとしていたけど、彼はこの近くにはいないかもしれませんよ」

「何か気が付いたことがあるのか?」

山葉さんが鋭い目つきで僕に尋ねる。

「僕たちは学生会館の上に人影がいると思ってそこに注意を集中しましたよね。その時に三谷さんは現れたのです。沼さんも同じようなことを言っていたと思うのですが」

「そういえば、彼女も学生会館の屋根の上に工事の人らしき人影を見つけた時に三谷さんとぶつかったと言っていたな」

記憶力のいい山葉さんは沼さんの言葉の詳細まで覚えていた。

「学生会館にあるアウトドアサークルの部室に行ってみよう」

山葉さんはブタの貯金箱を抱えて歩き始め、僕は慌ててその後を追った。

池のほとりまで戻ると、木綿さんがドローンを抱えて待っていた。

「木綿さん、三谷さんの手掛かりがつかめそうだ。沼ちゃんを呼び出してくれ」

山葉さんが沼さんに依頼すると、彼女はドローンを地面におろし、スマホで沼さんに連絡を取り始めた。

僕は心配になって山葉さんに尋ねる。

「もし三谷さんの遺体を発見したら、その場に沼さんが居合わせるのは酷なのではありませんか」

山葉さんは目を伏せて首を横に振る。

「沼さんには現実と向き合ってもらわなければならない。三谷さんに彼女を連れて行かれては困るのだ」

確かに沼さんは僕たちの言葉が耳に入らない状態だ。現実に引き戻すには荒療治が必要だというのだろうか。

僕は他の方法がないかと思い悩むが、いい案は思い浮かばない。

それぞれが考えることがあったためにの句と山葉さん、そして木綿さんの3人が無言で歩くうちに僕たちは学生会館の最上階にあるアウトドアサークルコロボックルの部室に到着していた。

部室をノックすると、部長の鬼塚さんが居合わせたので僕たちはすぐに部室に入れてもらえた。何事かと質問したそうな鬼塚さんや、他の部員たちにぼくが事情を説明する。

「実は、三谷さんの霊と接触することができたのです。彼の言葉や状況から判断して彼は今でもこの部室の近くにいる可能性が高いと思われます」

鬼塚さんは僕の言葉の意味を理解すると、顔色が青くなった。

「それじゃあ、三谷さんはこの部室の中で死んでいて今でも死体がどこかに残っていると言いたいのですか」

「部室の中ではないと思うが概ねそういうことだ。申し訳ないが探すのを手伝ってくれ」

山葉さんは笑顔で鬼塚さんに頼むが、鬼塚さんは凍り付いたような表情で部屋を見回している。

その時、サークルの部室をノックする音が聞こえた。

鬼塚さんがドアを開けると、沼さんが飛び込んできた。

「ここに来たら三谷さんに会えると聞いてきたんですけど」

早口で尋ねる沼さんを見て、鬼塚さんは困ったような表情で僕に振り返る。

一体どんな話の伝え方をしたのだろうと僕は木綿さんを見たが、彼女は首をすくめて小さくなった。

「沼さん、木綿さんは三谷さんに会えると言ったわけではないと思うよ。彼の消息が分かるかもしれないと伝えたはずだ」

僕は沼さんに話しながら鬼塚さんに近寄ると、彼の耳元でささやいた。

「三谷さんが在籍した当時の写真をもう一度見せてもらえませんか」

鬼塚さんは何となく事情を察した様子でうなずくと、パソコンを準備しはじめた。

ラップトップパソコンの画面に数年前のサークル活動の写真が表示されると、沼さんは食い入るように画面を見ている。

沢山の画像ファイルをスクロールしているうちに、山葉さんが声を発した。

「今の写真に戻って、いやバーベキューしている写真じゃなくてその前の航空写真みたいなやつ」

山葉さんが指定したのは、学生会館の屋上からキャンパスを撮った写真だった。

「その写真はこの建物の上からとったものですね」

「ええ、フリークライミングの得意な先輩がこの窓から屋根の上に登って撮影したらしいのですが」

鬼塚さんが答えると、山葉さんは腕組みをして考え始める。

「その先輩というのは、三谷さんではないだろうか」

鬼塚さんはロッカーから寄せ書きのようなノートを引っ張り出すとぱらぱらとめくって内容を眺めた。

「そうかもしれませんね。三谷さんがフリークライミングの競技会に出た時のコメントが残っています」

「だとすれば、卒業単位が足りないことに気が付いてやけ酒を飲んでいた彼が流星群を見ようと思ったらどこに行くと思う?」

皆が一斉に部室の窓を見た。

「屋根の上にいるということですか。」

鬼塚さんが再び青い顔になって山葉さんに問い返した。

「確かめてみた方がいいだろう。酔って屋根の上に登って流れ星を探すうちに凍死してしまったか、あるいはバランスを崩して転落し、どこかに引っかかって発見されないままになっているかもしれない」

山葉さんは勢いよく窓ガラスを開けると窓枠に立ちあがり、オーバーハング状にせり出している軒の端に手をかけようと身を乗り出す。

しかし、彼女は下を見た瞬間、急に動きが緩慢になり、後ろ向きに部屋の中に戻って来た。

「こんなに高いとは思わなかった」

山葉さんはシュンとした雰囲気でつぶやく。

「山葉さん、高所恐怖症なら無理しないでくださいよ」

居合わせた人々は無言のままなので仕方なく僕が彼女に突っ込みを入れなければならなかった。

「ねえ、このドローンを使って屋根の上を撮影したらどうなんですか」

木綿さんが自分が抱えていたドローンを収納したキャスターバッグを抱えて言った。

「そうだな、でも屋根の上となると視野の外になるから操縦が難しい」

山葉さんが難色を示した時、鬼塚さんが身を乗り出した。

「いや、可能かもしれませんよ。ちょっとそのドローンの説明書を見せてもらえませんか?」

山葉さんと木綿さんがドローン本体と一緒に収納されていたラップトップパソコンを取り出すと、鬼塚さんはものすごいスピードでマニュアルをめくり始めた。

「ぐぬぬぬ。これ、子供向きの独自のプログラム言語を使っているじゃないですか」

文系の僕には詳しくわからない話だが、鬼塚さんはドローンを飛ばすのは難しいと感じたようだ。

「でも、さっきは通りすがりの人がプログラム使って飛ばしていたみたいですよ」

「なんだと、通りすがりの学生に可能な事が俺にできないはずがない。もう一回マニュアル貸して」

鬼塚さんはマニュアルをものすごいスピードめくりながら、画像の閲覧用に使っていたパソコンも操作し始めた。

「何とかなりそうです。今プログラミング用のアプリをダウンロードしているからもう少し待ってください。」

僕たちやコロボックルの部員が見守る中で鬼塚さんは、カタカタとパソコンのキーボードをたたき始める。

パソコンの画面にはプログラミング言語らしきアルファベットの列が流れ始めた。

「そのコマンドを一つ一つ組み立てるつもりですか」

僕が尋ねると、鬼塚さんは鼻で笑った。

「違いますよ。いろいろな飛行パターンのプログラムがデフォルトで保存されているので使いたい飛行パターンを呼び出して、諸元の数値を変えれば現場に応じて対応できるのです。」

そう説明されると、僕にも何となく理解できる気がした。

鬼塚さんは時折、窓の外を眺めながらプログラムに諸元を入力し、おもむろにドローン本体を持ち上げた。

ドローンは胴体中央部から4つの支持構造が伸びていて、その先端にプロペラが付いたよく見るスタイルだ。

鬼塚さんは山葉さんにドローンを渡すと飛ばし方を指示した。

「この部屋のフロアから120センチメートルほどの高さで、窓から外に向かってゆっくりとドローンを飛ばしてください。建物から5メートルほど離れたところで方向を180度変えて、機種がこちらを向いたところで高度を3メートル上昇させてください。そこでプログラムモードのボタンを押せば、ドローンはプログラム通りに飛行を始めます」

「わかった。やってみる」

山葉さんは操縦用のコントローラーを持つと慎重にドローンを離陸させた。

山葉さんの操縦でテーブルの上から離陸したドローンは部屋の中から窓を通ってゆっくりと外の虚空へと進んでいく。

「その辺で180度回頭してください」

鬼塚さんの支持に従って山葉さんはゆっくりとドローンの機首をこちらに向ける。

「一旦ホバリングさせて、それから真上に上昇して」

いつの間にか鬼塚さんと山葉さんは窓に張り付いて外を見ていたが、窓の向こうに見えるドローンはゆっくりと高度を上げて、窓枠の上端を超えて見えなくなっていった。

「そこで、プログラム飛行モードを押して」

「はい」

山葉さんはボタンを押した。

ドローンは僕たちの視界の外で、プログラムに従って学生会館の屋根の上をジグザグに飛びながら動画撮影を始めたはずだ。

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