桜の下で
第123話 心霊探偵はカフェに居る
土曜日の朝、カフェ青葉はモーニングサービス目当てに来たお客さんで賑わっていた。
11時までのモーニングサービスが終わると、ランチタイムの準備が始まるという忙しい店だが、多少は手が空く時間もある。
僕が客席から引いてきた食器類を、軽く洗って業務用食洗器の入れていると、アルバイトの沼さんが背後から話かける。
「先輩、この辺でお花見ができるところを知りませんか」
僕は手を止めてないで答えた。
「手っ取り早いのはうちの大学のキャンパスにある公園だよ。それから神田川沿いに東に行ったあたりも桜がきれいだけ」
「その辺は大学生が多くて荒れるから嫌なんです。もっと静かに桜を愛でることができる場所がないかなと思って」
彼女も僕も大学生なのに生意気なやつだ。
最も彼女が言わんとするとこともわからなくもない。
大学生が大勢集まるとはしゃぎすぎて、ともすれば警察が目をつけて巡回に来るような状況になりがちだ。
「代々木公園とか、オリンピックセンターに行けば、静かかどうかは疑問だけど一般の人の比率が多いのは確かだね」
明治神宮と隣接した代々木公園は知る人ぞ知るお花見スポットだ。静寂の中で桜を愛でるというには程遠いが、多少は静かだろう。
「お花見か、私は上京したばかりの頃はこちらの桜がきれいなので驚いたものだ」
テーブル席から食器を回収してきた山葉さんが話に加わる。
「なんで?」
僕は素朴な疑問を口にする。
「四国の辺りでは冬の気温が高すぎて、ソメイヨシノがきれいに咲きそろわないのだ。冬の寒さに耐えて初めて桜も美しく咲くのだな」
山葉さんは高尚なことを機嫌よく話しているが、カウンターの中に入ってきた彼女に沼さんはポケットから出した霧吹きで水を吹きかけている。
きっと聖水の類だ
「何をするんだ、ファブリーズされてるみたいでいやな感じだぞ」
山葉さんが、むっとした表情で沼さんに言った。
「いえ、さっきから平家の落ち武者みたいなイメージがちらつくので気になってしまって、私が祓って差し上げましょうか」
沼さんは、僕たちと同様に霊感が鋭い性質だ。
子供の頃に近所の教会の神父さんに習ったというエクソシストの技を駆使し、邪霊の類を十字架を使って焼き滅ぼすという特技を持っている。
「やめろ、それは私の刀に憑いている先祖の霊だから滅ぼさないでくれ」
山葉さんが慌てて言う。
彼女に比べて沼さんは手が早いので、止めないと即座に行動に移りかねないからだ。
「わかりました。ご先祖なら仕方ないですね」
沼さんは胸元から取り出しかけていたペンダントの十字架をしぶしぶと元に戻した。
「折角だから、各自が分担して食べ物や飲み物を持ち寄って一緒にお花見をしないか。私がおにぎりとチキンバスケットを用意してもいいよ」
山葉さんがお花見の話にもどって提案すると、沼さんの顔が明るくなった。
「本当ですか、木綿さんも呼ぶから是非お願いします」
どうやら、彼女はお店のスタッフと一緒にお花見に行きたかったようだ。
「お店の定休日に早い時間から行けば場所もとれると思うよ」
ウイークデイの昼間からお花見の場所取りができるのは春休み中の学生の特権と言ってもいい。
沼さんがすっかりその気になってスマホのカレンダーを開きかけているときに、カウンターに座ったお客さんがいた。
「いらっしゃいませ。阿部先生」
「ご無沙汰しています。元気そうやね山ちゃん」
阿部先生はカフェ青葉の常連客の一人で、弁護士をしている。
「お陰様で元気にしています。先生、最近お見掛けしませんでしたけど、お忙しかったのですか」
山葉さんは魅力的な笑顔を浮かべながら適切なコメントを返す。
最近はクラリンの接客指導が板についてきたのだ
「コーヒーのモーニングセットをください。そうなんや、依頼された案件を何件か掛け持ちして忙しかったけど、あらかたの件が片付いたのでやっとこの店に立ち寄る余裕ができたんやで」
阿部先生はオーダーしつつ、世間話の続きをする。
僕は、洗い物を沼さんに変わってもらい、モーニングセットの準備を始めた。
今日のメニューはオーダーされた飲み物に加えて、温泉卵をトッピングしたシーザーサラダとトースト、それになぜか小さな器の味噌汁が付く。
国籍不明の取り合わせだが朝ごはんとして好ましい取り合わせだ。
僕が準備したモーニングセットプレートに山葉さんが淹れたコーヒーを置いて出すと阿部先生は美味しそうに食べ始めた。
あらかた平らげたところで、彼はおもむろに切り出した。
「ところで、ウッチー君はサイコメトラーみたいなこともしはるんやったね。もしよかったら、山葉さんと一緒に手を貸してくれないだろうか」
僕がサイコメトラーを請け負っているわけではない。
たまたま品物に強く染みついた想念を読み取ってしまうことがある程度の話だ。
阿部先生もそれはわかっているはずだが、あえて僕たちに頼むからには何かあるに違いない。
「ほう、何かお困りの案件でもあるのですか」
山葉さんの顔が営業用のスマイルから引き締まった陰陽師の表情に変わる。
阿部先生は彼女に向かってゆっくりと話し始める。
「今私が担当しているのは、傷害未遂で現行犯逮捕された女性の弁護です。犯行は未遂に終わり、被害者も怪我はなかったので本当なら示談になって不起訴処分に終わってもいい話なんです」
阿部先生はコーヒーの残りを飲み干すと、ため息をついた。
「ところが、私が被害者の女性と示談にしてほしいと話をし、その方も刑事処罰を望まないと言ってくださったのに、被告の女性がかたくなに黙秘して何も話さないうえ、被害者の女性に対して憎悪の情をあらわにするので私はどうしたらいいのかわからなくて困っています」
山葉さんは腕組みをして怪訝な表情を浮かべる。
「それは、サイコメトラー探偵を担ぎ出すよりも、逮捕された女性本人とじっくり話された方がよくありませんか」
僕は、いつの間にかサイコメトラー探偵にされて内心面白くないが、彼女の言い分が妥当だと思ってうなずいて見せる。
「わかってます。でも彼女は何か事情があるみたいで話しをしてくれないのです。僕もどうにかして糸口を見つけようと思うたけど、うまく行きません」
阿部先生は相当困っている様子だ。
「それでは、僕が協力するとしてどんな品物から思念を拾わせるつもりなんですか」
阿部先生は少し勢いを取り戻して僕の方を見た。
「さすが内村君やな。僕が考えているのは犯行の際に彼女が使おうとした凶器から、その時の彼女の思念を読み取ってもらえないかと思っているんや。たとえ内村君が思念を読めたとしても裁判で証拠として使えるような代物ではないが、被告の女性と話をするための糸口にできないかと思ってな」
やっと話が見えてきた。
阿部先生は弁護を担当した被告の依頼人とコミュニケーションが取れないので、藁をもすがる思いで僕たちに話を持ち掛けたのだ。
「ウッチー、引き受けるのか」
山葉さんが言葉少なく僕に尋ねる。
「ええ、阿部先生の役に立てるなら引き受けましょう」
僕が答えると山葉さんは笑顔を浮かべた。
どうやら彼女は初めから阿部先生の話に興味をそそられていたらしい。
「阿部先生、彼もやる気なので引き受けさせていただきますが、具体的にはどうすればいいのですか。ここに品物を持ってこられるとか、私たちが出向くとか」
「ありがとう。手詰まり状態やったから助かります。さしあたって彼に調べてもらいたい凶器は証拠品として所轄署に保管されているから、あなた方の都合のいい日にアポイントメントを取って出かけることにしましょう」
「直近の定休日なら次の水曜日ですがこのお店のスタッフの手配がつけばもっと早めに行けるかもしれませんね」
山葉さんの言葉が終わらないうちに、沼さんが自分のスマホをいじり始めた。
「東村先輩たちの都合を聞いてみましょうか。火曜日までの空いている日っていうことでいいですよね」
彼女はものすごいスピードでメールを打つと送信する。
「今の間に、阿部先生が話していた内容を打ち込んだのか?」
僕が尋ねると、彼女は得意げに答える。
「話の趣旨は要約して伝えたつもりですよ。ヒガシさんとクラリンさんなら手早く返事をくれるはずです」
その言葉が終わらないうちに、彼女のスマホの着信音が響いた。
「クラリンさんからです。日曜日は雅俊さんがバイトのシフトに入っているので、自分も一緒にバイトに来てもいいと書いてあります」
「明日か。阿部先生、休日では相手先の都合が悪いのではありませんか?」
警察官も通常勤務の場合、土日は休日なのが一般的なはずである。
「いや、ちょっと先方の都合を聞いてくるから、待ってださい」
阿部先生はスマホで連絡するために店の外に出て行った。店内には他のお客の耳もあるから個人情報が漏れないように配慮したようだ。
「山葉さん、よかったら私も一緒に連れて行ってくれませんか。私も霊感があるからきっと役に立ちますよ」
沼さんがきらきらした目で山葉さんに訴えかけた。
「あまり面白い話ではないかもしれないし、阿部先生が了承してくれないと連れて行くわけにはいかないな」
山葉さんはそれとなく難色を示す。
「それじゃあ、阿部先生が了承してくれたらいいんですね」
沼さんは嬉しそうに言う。
その時、店の外から阿部先生が戻ってきた。
「所轄署の坂田警部に連絡を取ったら、明日は別件で仕事があるから出勤しているそうです。午後からでよければ対応してくれるみたいですがよろしいですか」
山葉さんがうなずいて見せた。その横から沼さんが割り込む。
「すいません。私は内村さんの後輩の沼と言います。よかったら私もその件に同行させてもらえますか。」
阿部先生はちょっと驚いたような顔をしていたが、やんわりとした口調で応えた」
「今回の件で見聞きしたことは口外しないと約束してくれたら、一緒に来てくれてもかまいませんよ」
「やったあ」
喜ぶ沼さんを見て、山葉さんがボソッと言う。
「その辺に霊がいてもむやみに除霊するんじゃないぞ」
「わかりました」
沼さんが敬礼して見せるのを見て、山葉さんはため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます