第114話 宗教対立勃発!?
沼さんは瓶から液体を振りまいてとりあえず満足したようだ。
きっと聖水とかその類のものに違いない。
彼女は、少し落ち着いた表情で僕を振り返った。
「ウッチー先輩が霊感があるというのは本当だったんですね。私の同志ができたみたいで凄く嬉しいです」
沼さんは女子高校生の霊に対した時のシャープな雰囲気は成りを潜め、人懐こい雰囲気で僕に話しかける。
「ちょっと待ってくれ。何故いきなり彼女を消したんだ」
沼さんはいぶかしそうな顔をする。
「なぜって、あれは亡者ですよ。放っておいたらこの世で執着していることのために何をするかわからない。だから消さなければいけないんです」
僕は、山葉さんが死者は法にも縛られないから執着している思いを遂げるためには手段を択ばないこともあり得ると言っていたのを思い出す。
「彼女は自分でも原因がわからずにあそこに縛り付けられていたんだ。状況を調べてちゃんと解決しないとまたあそこに出現するかもしれないよ」
「ウッチー先輩は難しく考えすぎです。私はトラブルが起きるのを未然に防いだんですよ」
彼女はこともなげに言う。
僕は、彼女がほんの少しの祈りの言葉で幽霊を消滅させてしまったのがショックだった。山葉さんのいざなぎ流の祈祷より強力に思えてしまう。
「私は青葉を見学するつもりで来たんですから、先輩連れて行ってください。それと、私ここで木綿ちゃんと待ち合わせしているんです。彼女もいっしょに行ってもいいですよね」
「それはもちろん連れていくけど」
「沼ちゃーん」
僕が口ごもっていると、彼方から大きな声で沼さんを呼ぶ声がする。
「木綿ちゃん、こっちこっち。ちょうどウッチー先輩に会えたのよ」
「ウッチー先輩?。ウエーイ、ちょうど会えてラッキーじゃん」
駆けてきたのは永井木綿さんのようだ。履歴書のかしこまった写真と違って元気がいい。
僕がぼんやり見つめていると、彼女はあっという間に間近まで到達した。
「先輩、初めまして。私同じ学部の一回生の永井木綿と言います。よろしくお願いします」
彼女は息を切らしながら、きちんと挨拶する。
「こちらこそよろしく」
「なあ、木綿ちゃん聞いて聞いて。ウッチー先輩はな、本当に霊感を持ってはったんやで。私が歩いていたら、ここで地縛霊化している高校生の霊をナンパしてたんやから」
沼さんがあらぬことを話し始めたので僕は慌てて打ち消そうとする。
「違う。ナンパしていたんじゃない」
木綿さんは僕の話をほとんど聞いていない雰囲気で尋ねてきた。
「先輩は霊が見えるんですか。私、沼ちゃんが徐霊するところを見てすごーいとか言っていたけど、本当は眉唾だと思ってましたし」
「おい、あんたはそんな目で私を見ていたのか」
沼さんが芝居がかった様子で問いかけると、木綿さんは答えた。
「しまった!つい本音が出てしまった」
二人は屈託なく笑い転げる。
僕は一息ついてからおもむろに言った。
「それじゃあ、カフェ 青葉に行こうか」
「はーい」
二人は元気よく返事をした。
僕は、クラリンよりもさらにテンションが高い二人を相手にやっていけるのだろうかとやや不安だ。
歩き始めて、先ほどまで女子高校生の霊がたたずんでいたあたりを振り返ると、そこは何の気配もないガード下の空間に戻っていた。
カフェ 青葉に着くと、僕はオーナーの細川さんに二人を紹介する。
「沼と言いますよろしくお願いします」
「永井ですよろしくお願いします」
細川さんはクラリンから話を聞いていたらしく。挨拶する二人を鷹揚な笑顔で迎える。
「どうぞゆっくり見て行ってください。飲み物でも飲んでから、内村君に案内してもらうといいわ。山ちゃんは夕食メニューの仕込みに入っているから内村君が飲み物を作ってあげて」
「はい」
僕は店の奥で着替えてからカウンターの中に入ると、彼女たちに飲み物のオーダーを聞いた。
「カフェラテをください」
沼さんがオーダーするのに続いて木綿さんが口を開いた。
「私はキャラメルマキアートモカスペシャルフラペチーノを」
「そんなのメニューにないよ」
僕は木綿さんのボケにどう突っ込んだらいいかわからなくて素で答える。
「では沼ちゃんと同じのを」
「はいはい」
僕は二人がオーダーしたカフェラテを作り始める。
その間も彼女たちはキョロキョロとお店の中を眺めては何かささやき合っていた。
僕はカフェラテが出来上がると、カウンターを回りこんでから彼女たちにサーブした。
「先輩私たち相手にすごく丁寧なことしてませんか」
沼さんが僕を振り返って言う。
「今日はお客さんだからね」
「ウエーイ、私リスペクトします。これってラテアートですか」
木綿さんはカフェラテのカップを指さした。最近練習したラテアートでハート形を描いていたのだ。
「うん。僕は簡単なハート形くらいしか作れないけど、スタッフの山葉さんはかなり凝った絵が描けるんだよ」
山葉さんの名前を出すと彼女たちはいわくありげに目配せをする。クラリンからいろいろと話を聞いているらしく僕はやりにくい。
「沼さんはいつから霊感があったんだ。それにさっきの技は一体誰に教わったんだ」
「そんなにいっぺんに聞かないでくださいよ」
沼さんはカフェラテを一口飲んでから口を開いた。
「私は子供のころから一人で遊んでいるのに誰かそこにいるみたいにしゃべっていたり、家のリビングにいても突然何かにおびえて泣き出すことがあったらしくて、両親が近所の教会の神父さんに相談したんです」
僕はふと、自分が子供のころひどく怖がりだったのを思いだした。暗いところを怖がるのは物心がつくかつかない位の頃に人ならぬものが見えていた記憶がかすかに残っていたのかもしれない。
「子供のころに四六時中霊が見えたら大変だったんだろうね」
「はい。神父さんは私が何かを見ていることを理解してくれて、子供にもわかるように対処方法を説明してくれました。そして、お祈りの方法を教えてくれたんですが」
彼女は言葉を切った。
「私が神父さんに教わった通りにすると、今までそこにいた霊が消えてしまうんです。私は神に感謝し、神のしもべとしてこの世に執着する亡者を消していくことにしたんです」
沼さんは真面目な表情で語ると、胸元から銀の十字架を取り出して大切そうに押し抱いた。
「むやみに消していくのはどうかな。私も経験があるがやみくもに浄霊すると近くにいた人に憑依したりして、むしろ被害を広げることになりかねない」
話に割り込んだのは山葉さんだった。彼女は片手のトレイに二枚のプレートを乗せている。
二人が物問いたげに僕の方を見るので、ぼくは紹介した。
「このお店のスタッフの山葉さん」
慌ててあいさつする二人の前に山葉さんは料理を乗せたプレートを置いた。
「オーナーの細川さんのおごりです。今日の夕食メニューで豆腐ハンバーグとサラダとライスのプレートですよ」
「わあ、本当ですか」
「ありがとうございます」
「沼ちゃんちょっとハンバーグを割って見せて、肉汁が出ているところを撮ったらインスタ映えしそうだから」
「こんな感じかな」
二人はスマホで料理の写真を撮ってから嬉しそうに食べ始める。
「新メニュー出来上がったんですね」
僕が尋ねると、山葉さんは口角を上げた。
「うん。豆腐を加えた柔らかさと、肉系の味のバランスが難しかったよ」
一見シンプルな一皿だが、メニュー化するまでにはかなり試行錯誤があるのが常だ。
沼さんは、ドミグラスソースをかけた豆腐ハンバーグをあらかた食べ終えたところで顔を上げた。
「さっきやみくもに浄霊すると周囲の人に憑依することがあると言ったのは本当ですか」
山葉さんは、黙ってうなずく。
「どうしよう。私が浄霊したときにウッチー先輩がすぐそばにいたんです」
山葉さんは僕の顔を見た。
「本当なのか?」
「ええ、駅から歩いていたら地縛霊らしい女子高生の霊と目が合って話しかけられていたところだったんです」
僕が説明すると山葉さんは眉間にしわを寄せて僕の顔を見つめる。
彼女が霊視をする時の癖だ。
「何かに取りつかれているようには見えないな」
「ウッチー先輩、あなたも神に仕える身なら、亡者に取りつかれていると気が付いた時は、階段に身を投げて、自らを犠牲にしてでも亡者を道連れにしてください。私が必ず天国に行けるように神に祈ってあげます」
山葉さんの言葉を聞いた沼さんは、僕に無茶振りする。
「自分を犠牲にするなんて嫌だよ。何かに取り憑かれたら山葉さんが浄霊してくれるよ」
沼さんは、驚いたように山葉さんを見た。
「あなたも、亡者を浄霊する能力があるのですか」
「ああ、地縛霊くらいなら何とか祓うことができるよ。ウッチーが過去に飛んで、失われた祈祷の知識を持ち帰ってくれたおかげで、正しい方向に魂を送り出すことができるようになったからね」
「素晴らしいです。私にもその技術を教えてください。こんな方に出会えるなんてきっと神様のお引き合わせだわ」
沼さんが熱意のこもった目で山葉さんを見た。
「それを食べたら、お店のバックヤードを案内するからその時にいろいろと説明するよ」
山葉さんはまんざらでもなさそうな様子で、二人が食べる様子を見つめている。
結局、山葉さんが見学に来た二人を連れてお店のバックヤードに行き、僕は細川さんとお店の仕事をこなすことにした。
晩ご飯の時間帯に入り、新作の豆腐ハンバーグプレートもよく売れている。
僕はある程度手が空いたので、細川さんに尋ねた。
ちょっと、裏の様子を見に行っていいですか。
「どうぞ」
細川さんが、心良く了承してくれたので、ぼくは、お店のバックヤードを覗いた。
厨房の方から三人の賑やかな声が響いてくる。
山葉さんとそれに続いて沼さんと木綿さんの二人が厨房から出てくるところだった。
「コーヒー豆の自家焙煎までしている本格的なカフェって格好いいですね。アルバイトでお料理も憶えられたら最高ですよ」
木綿さんの言葉に山葉さんが振り返る。
「そうだね。私もこのお店で働いている間にずいぶんいろいろなことを学んだよ。最後にいざなぎの間を案内しようか」
そこは、もともとは従業員休憩室だった和室だったが、山葉さんがいざなぎ流の祈祷に使うようになり、いつしかいざなぎの間と呼ばれている。
沼さんが通路にいた僕に気づいて、明るい口調で言う。
「結構、本格的な設備があるんですね。もっと安っぽい店かと思ってました」
僕は山葉さんに聞こえないかと慌てたが、山葉さんは素知らぬ顔で先に立って歩いている。
山葉さんが通路との境の引き戸を開けるとそこには、質素な祭壇がしつらえてあり、儀式に使う式神がセットされていた。
沼さんが目を見開くのがわかった。
「なんですか。この土着宗教の祭壇みたいなのは」
「私が祭祀をするためのみてぐらだ。私はいざなぎ流と言う宗派の大夫、わかりやすく言うと陰陽師みたいなものだ」
沼さんは胸元を押えて後ずさりした。
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