クリスマスソングが流れる頃に
第113話 後輩の特技
僕が大学のキャンパスを歩いているとスマホの着信音が鳴った。
ポケットからスマホを取り出して確認すると、雅俊からのメールだった。内容はキャンパス内のカフェテリアに来てくれという簡潔なものだ。
僕は、わざわざメールするなら何の用事か一言書き添えればいいのにとぶつぶつ言いながらカフェテリアに向かった。雅俊はちょっともったいぶる癖があるのだ。
カフェテリアに着くと雅俊とクラリンが隅の方のテーブルで手招きしている。
同じテーブルにもう一人女子学生が同席していた。ツインテールの髪形に眼鏡をかけた容姿に見覚えがある。確か同じ学部の1回生のはずだ。
雅俊がテーブルに着いた僕に彼女を紹介する。
「同じ学部の1回生の沼美智子さん。顔くらいは知っているやろ」
「よろしくお願いします」
沼さんがわざわざ立ち上がってお辞儀をするので、僕も慌てて立ち上がる
「こちらこそよろしく」
なんとなく硬い雰囲気でお辞儀を返している僕にクラリンは履歴書らしき書類を差し出した。
「実はな、私たちゼミとかで、カフェ青葉のアルバイトに3人とも出られないことが多くなったから、1回生に口コミでアルバイトの募集をかけたんや。沼ちゃんともう一人が応募してくれたんやで」
履歴書は沼さんのものと、もう一人永井木綿と書かれた女子学生のものだ。彼女も僕たちと同学部の1年生でキャンパスで見かけた憶えがあった。
「ながいもめんさんと読むのかな」
僕はそれとなく聞いたつもりだが、クラリンと沼さんは即座に突っ込んできた。
「違うやろウッチー」
「そうですよ女の子の名前なのにそんな妖怪みたいな読み方するわけないじゃないですか」
沼さんはスマホの画面に文字を表示させて僕に突き付けた。
「これって何て読みますか」
画面には「浜木綿」と表示されている。
「はまもめん」
「ウッチー先輩、普通今までの話の流れでもめんと読むのは違うってわかるでしょ。それじゃあこの花の名前解りますか」
彼女は話しながらネット検索していたようで、次の瞬間には海辺に生えた白い花が表示されたスマホを僕の目の前に突き出した。
僕もその花は知っている。
「ハマユウ」
「ピンポン。それでは彼女の名前は?」
僕は考えた。わざわざ見せるからには「浜木綿」の読みがハマユウにちがいない。ということは。
「ながいゆう」
僕が正解にたどり着くと、沼さんはハアッとため息をついて見せた。
「ウッチー先輩って噂にたがわず天然なんですね」
履歴書にも書いてあったが、彼女もクラリンと同じく関西の人らしい。
今までクラリンたちに散々いじられてきたので、今更些細なことだが、僕は一応聞いてみる。
「どんな噂を聞いているんだ」
「真面目だけど微妙に鈍いとか、霊感がある超絶サイコメトラーだとか、あとはカフェのスタッフのお姉さんに入れ込んで同棲しているとか」
僕はクラリンをキッと睨んでみたが、彼女は素知らぬ顔をしている。
「僕は自宅通学で同棲している訳ではないよ」
「そうなんですか」
彼女はニヤニヤと笑う。
「まあそういう訳だから、バイトで沼ちゃんと木綿ちゃんが一緒になった時は優しく教えてあげてや」
クラリンが話を締めくくるように告げる。
どうやら、沼さんを紹介するために僕を呼んだらしい。
「もちろん教えるよ」
「よろしくお願いします。それでは私はこれで失礼します」
沼さんはきちんと挨拶して席を外す。ちょっと口数が多いけど、礼儀正しい子のようだ。
沼さんがカフェテリアを出るのを見送りながら僕は言う。
「確かに、アルバイトのシフト表を組むのが難しくなっていたもんな」
「そうやろ、ウッチーは大学院に進むから大変なのは院試の準備くらいやと思うけど、私たちは就職活動があるから、4回生になったらあんまりアルバイトに入られへんかもしれんやろ。そやから今のうちに代替人員を確保しようと思って細川さんに相談して募集をかけたのよ」
僕たちもいつの間にか、大学に入って3回目の冬を迎えようとしていた。
雅俊たちは、自分たちが忙しくなるので、アルバイト先のカフェ青葉が人手不足にならないように気を回しているのだ。
「それに、彼女たちがうまく仕事をこなしてくれるようになったら、俺たち3人に山葉さんを加えたメンバーで旅行に行くこともできるだろ」
「あ、そうか」
雅俊の言葉に僕もやっと気が付いた。
以前から4人で東北にスキーに行こうという話が合ったのだ。
秋期末試験の後で座敷童の宿を再訪するとか言って栗田准教授に車を出してもらおうなどと悪知恵のあるプランも浮上していたのを思い出した。
「そういう訳で、年末年始の間に彼女たちが戦力になるように指導してあげてね」
クラリンは魅力的な笑顔で僕にささやく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。一緒に指導してくれないのか」
「俺もクラリンも、実家に帰省したりするから、最も長い時間彼女たちの指導ができるのはウッチーなんや」
「もちろん都内にいる間は一緒にバイトしながら指導もするわよ」
クラリンと雅俊は僕をなだめすかすように言い聞かせる。
「わかったよ。1月末までには何とか仕事が回せるようにレクチャーするよ」
僕は来年以降もアルバイトを続けようとおもっているので、とりもなおさず自分のためにもなることだ。引き受けざるをえない。
雅俊たちと別れてキャンパスを歩くと、イチョウ並木は黄色く色着いてハラハラと葉を散らし始めている。
12月に入り、街ではクリスマスカラーが目立つ時期になっていた。
今日も僕はいつものように、カフェ青葉にアルバイトに行く予定になっている。
大学のキャンパスを出ると僕は下北沢にあるカフェ青葉に向かった。
僕はいつものように下北沢駅で小田急線の電車を降りて、エスカレーターで地上に出てから井の頭線の高架の下を通って東側に行こうとする。
その時、僕は嫌な予感に襲われた。
ここ数日の間にその場所を通る時、まるで風景の一部になったように同じ場所に立っている高校生のがいたことに改めて気が付いたからだ。
下北沢駅は京王井の頭線と、小田急線が交差する駅で、通過する人の数は多い。
それでも、日本人は時間に正確なので同じ時間帯に同じ顔ぶれの人がそのあたりを交差していくこと自体は珍しくない。
きっと毎日同じ場所で友達と待ち合わせでもしているのだろう。
僕は強いて自分に言い聞かせるようにして、知らん顔をしてその場を通り過ぎようとした。
「もしかして、私のことが見えるのですか」
声をかけられたので顔を向けると、彼女はすがるような目で僕の方を見つめていた。
僕がその女子高生に気が付いたということは、とりもなおさずその子に意識を向けたということだ。
そしてその瞬間に彼女は僕が見ていることに気が付いてしまったらしい。
僕はそのまま駆け出して振り切ってしまいたい衝動を抑えて、足を止めた。
「見えていますよ」
見える見えないが話題に上るのは彼女が生身の人間ではないからだ。僕にはリアルな姿で見えている彼女も、ほかの人間には見えていない。
普通の人がその周辺を通ればぞくりと悪寒を覚えるが、その姿は見ることはできない。
彼女はそんな存在だ。
こうして姿を見ることができるのはいわゆる霊感が強い人間だけだ。
「よかった。私がここにいるのは死後の世界で夢を見ているわけではないんですね」
「うん最近よく見かけるから存在に気が付いたところだよ」
彼女の顔に嬉しそうな表情が広がる。
彼女はどうやら自分の死を認識しているようだが、自分自身が街角にたたずんでいるのが現実なのか自信がなくなっていたらしい。
「なぜこんなところで立っているの?。ここで交通事故に遭ってこの場所を離れられないとかいう事情なら、来世に行けるようにお祓いを頼んであげるよ」
僕は、放り出して逃げるわけにもいかなくなったので、事情を聴いてみることにした。
「交通事故に遭ったのは確かだけれどそれは別の場所なの。私は春に転校していった同級生の裕樹君と、クリスマスになったらここで会おうって約束してたんです。気が付いたらここにいるから、彼が来るまではここから動けないのかもしれない」
彼女は生前の約束が心残りで、約束の場所に縛り付けられているようだ。
「でも、仲が良かったなら知らせを聞いてお葬式に参列してくれたんじゃないの?」
僕が何気なく聞くと彼女の目にみるみる涙がたまっていく。
「彼は来てくれなかったんです。友達がメールか何かで知らせてくれたと思うのに」
僕はまずいことを言ってしまったらしい。
彼女のほほを涙が伝い流れ始めるたので、僕は慌てて言った。
「きっと、遠くにいるから来られなかったんだよ」
「そうですよね。彼が引っ越していったのは九州だからそう簡単には来られなかったんですよね」
彼女は涙を拭きながら必死になって同意を求める。どうやらその考えにすがりつくようにして自分が置かれた状況に耐えていたらしい。
僕が更に何か言葉を継ごうと思っていると、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「ウッチー先輩、彼女がいるのに女子高生をナンパしたらだめじゃないですか」
慌てて振り返ると、そこにいたのはカフェテリアで会ったばかりの沼さんだった。
「いや、ナンパしている訳ではなくて、彼女に事情を聴いているんだよ」
そこまで言って僕は気が付いた。
「この子が見えるのか」
「見えてますよ。亡者の言を聞き入れていたら地獄に引き込まれますよ」
彼女は僕を押しのけるようにして、女子高校生に近寄る。
その手には胸元から取り出した銀色の十字架が握られていた。
「天にまします我らの父よ、願わくは、み名をあがめさせたまえ、み国を来たらせたまえ、み心の天になるごとく 地にもなさせたまえ、我らの日用の糧を今日も与えたまえ、我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく 我らの罪をも赦したまえ、我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ、国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり」
彼女はそこまで唱えるとついと十字架を女子高校生の方に向ける。
「そしてこの迷える子羊をみもとに召したまえ。アーメン」
目の前にまばゆい閃光が走る。
そして、そこにたたずんでいた女子高生の霊は跡形もなく消え失せていた。
キリスト教のエクソシスト?。僕の頭に疑問符が渦巻く。
「今ので彼女を天国に送ったっていうのか?」
「いいえ。取り逃がしました」
沼さんはチッと舌打ちをすると、鞄から液体が入った瓶を取り出して霊がいた辺りに振りまき始めた。
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