第71話 残された品物
翌日、僕は首都高速道路湾岸線の大井ジャンクションから少し東に行ったあたりの路側帯にバイクを止めていた。
目の前には湾岸線の東京湾トンネルの入り口が見える。
高速道路上で止っているのは非常に危険だと教習で教わったばかりだが、僕はジャンクションと一般道路からの合流路の間にこっそりと身を潜めている。
カフェ青葉のアルバイトがお休みの日なので、僕は大学の授業が終わった後、買ったばかりのGSX400Sを乗り回していた。
そして、第三京浜経由で横浜まで行き、晩御飯にラーメンと小籠包を食べているときに、不意に昨夜のポルシェカレラ4を思い出したのだ。
白いカレラ4の幻影は神田さんの話ではちょくちょく目撃されているらしい。
僕は、カレラ4が今夜も出るかもしれないと思い、本牧埠頭から首都高速道路湾岸線に乗ってみたのだ。
日が暮れてから横浜ベイブリッジを通ったり、羽田空港脇を通ったりしていつもと違う景色を見ることができたが、僕の思惑と違って白いカレラ4は現れなかった。
どうやら、随時出現するわけではなさそうだと気が付き、昨夜出現したのと同じ時間帯まで走行する車両を見張ることにしたのだ。
見つけたからと言って、どうするという当てがあるわけではなかった。
しかし、昨夜見た白いカレラ4は思わず追いかけていきたくなる何かがあった。
僕が通り過ぎる車両を眺め始めて、数十分が経過していた。
高速道路上では大型トラックが最高速度規制されてリミッターが取り付けられたため、トラックを先頭に数台の車が集団になっていることが多い。
時速八十キロ前後で走行するトラックを時速九十キロメートルでリミッターが作動する別のトラックが追い越そうとして、しばらく並走する形になることが原因だ。
法定速度で走っていく乗用車やトラックに交じって、極端に速い速度ですり抜けていくスポーツタイプの車もたまにいるが、早い時間帯に四輪が闇雲にスピードを出してもそんな集団で詰まってしまうのがおちだ。
夜も更けたころに暴走車両が増えてくる所以だ。
寒くなってきたのでそろそろ引き上げようかと思っていると、羽田空港方面から速い速度で近寄ってくる白い車影が見えた。
「あいつだ」
ぼくはGSXのエンジンをかけるとフル加速しながら車線に出た。幸いジャンクション方面から合流する車はない。
加速していく僕の横を音もなく白いカレラ4が追い抜いていく。
サイドウインドを覗き込んだが、カレラ4の車内を伺うことはできなかった。
一般道から合流してきた車を避け、追い越し車線にレーンチェンジした僕は三速、四速とシフトアップしながらレッドゾーンまで引っ張るが、カレラ4はあっという間に遠ざかっていく。
バイクで追いかけても無理かと僕が思ったとき、GSXのエンジンから異音が響いた。急にパワーが落ちて振動が大きくなったのだ。排気音も妙にこもった音だ。
「エンジントラブルか?」
僕はクラッチを切ってアクセルを戻しが、それが間違いだったようだ。GSXのエンジンはいきなり止まってしまった。
その辺りは湾岸線がトンネルから高架に移るあたりで登り坂になっている。
空気抵抗と登り坂のせいでGSXの速度はみるみる落ちた。
夜間の高速道路それも追い越し車線の真ん中で止まったら命が危険だ。
僕は他の車両の隙を見て左の車線に寄り、どうしたものか必死で考えていた。
ライトやスピードメーターの電源は落ちていないから電気系統は生きているようだ。
僕はシフトダウンしてからクラッチをつないだ。
押し掛けするのと理屈は同じだ。
クラッチをつないだ瞬間、咳き込むようにだがエンジンは鼓動を始めた。振動は大きく排気音もこもっているが走行はできるようだ。
僕の意識は、エンジンが止まらないように回転を維持して走り続けることが最優先となった。
もう白いカレラ4のことなど意識の端にも残っていない。
その日、僕は不調となったGSX400Sをなだめるようにして、どうにかバイクショップまでたどり着いたのだった。
翌日、僕は大学の授業を受けた後、カフェ青葉でアルバイトをした。
僕は相当不機嫌な顔をしていたはずだ。
接客中なら問題ありだが、シンクにたまったお皿を洗っている分には問題ない。
そこに、一緒にアルバイトをしている雅俊が寄ってきた。
「ウッチーどうしたんや。今日は自慢のカタナに乗ってきてへんかったやん。」
雅俊は大学の同級生なので、彼は昼間の大学の授業の時の話をしている。
僕はお皿を洗いながら答えた。
「あれはエンジンが壊れて修理中だ」
「うそ、昨日横浜まで行ってみるって言ってただろ。その時に壊れたのか」
僕は黙ってうなずいた。
「どこがやられた。サージングでピストンいかれたのか」
「違う。走行中にイグニションコイルが壊れて、二気筒しか爆発していない状態で何とか戻ってきた」
雅俊はしばらく考えてから言った。
「それなら、パーツ交換すれば大丈夫やろ。致命的なトラブルでなくてよかったな」
僕はゆっくりと振り返った。
「中古なんて買うからもう壊れたってバカにしないのか」
「何言ってるんだよ。あれは買う前に相談されたら引き留めると言っただけだ。本当は自分も買いたかったがメンテナンスを考えて二の足を踏んでいたんだ」
雅俊の言葉を聞いて僕の機嫌は少し良くなった。
「でもイグニションコイルにプラグとコードを全交換したから四万円超の出費だ。ここで2週間くらいせっせとアルバイトしてやっと稼げる金額だ」
その前にバイク本体を買ったり、免許の講習費用も払っているのですっかりお金が無くなっていたので、ぼやきたくもなろうというものだ。
「次に出かけるときに壊れる心配がなくなってよかったじゃないか。俺はカワサキのニンジャを買うから一緒にツーリング行こうぜ」
普段は毒舌系の雅俊がフォローするところを見ると、僕は相当不機嫌な顔をしていたようだ。
アルバイトの業務が終わってから、雅俊は僕の耳元で囁いた。
「ウッチーが追いかけたポルシェの現物が千葉県にある中古パーツショップに残っている。行ってみないか?」
「事故があったのはずいぶん前の話だろう?」
僕は怪訝に思って雅俊に訪ねる。
「事故車などはあっという間にスクラップ処理されるものだが、それが人気車種だと話は違う。部品取りのために保管されることがあるんだよ。車輌本体に亡くなったドライバーの霊がいたら、山葉さんが浄霊すれば幽霊カレラ4も出現しなくなるのではないかな」
僕は雅俊の考えに同意して、中古パーツショップを訪ねることにした。
雅俊は911ポルシェのパーツ通販からそれらしきカレラ4が置いてあるショップを突き止めたのだという。
翌日に僕は雅俊と共に中古パーツショップを訪ねるた。
お店の人に外に置いてあるカレラ4の内装パーツを見せて欲しいと頼むと、その人は浮かない顔をした。
「あのカレラ4は事故の時にオーナーが死んでるんだよね。それで内装関係は手つかずにしている。それでもよかったら、必要なパーツを取り外して売りますよ。」
意外と縁起を担ぐ人だったらのだ。
そして交渉の結果、僕と雅俊は車内に入ることに成功した。
「どうや、幽霊の気配を感じるか?」
雅俊は身を乗り出すようにして僕に訪ねるが、僕は霊の気配は関知できなかった。
「霊はいないみたいだ。本当に問題のカレラ4なのか?」
僕が訪ねると雅俊はムッとして口を尖らせるのが見えた。
雅俊が何か言いかけたとき、僕は何気なくポルシェのステアリングに手を掛けたのだが、その瞬間に、感電したような衝撃を受けていた。
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