第41話 座敷童は何処に⁉
「その指輪はどこで購入されたのですか」
山葉さんが会話の途中でスマホに集中してしまったので僕が無難な話題を振った。
「この指輪は亡くなった母が持っていた物です。母は先月に肺炎をこじらせて無くなりました。遺品の中にあった指輪を娘の佳奈が形見分けしてもらったのです」
僕は佐藤家の家族関係を考えながら尋ねた。
「無くなったお母さんのご主人は戦争でビルマに行かれていたのではありませんか」
「そういえば、おじいちゃんは戦争でビルマに行って怪我をして帰ってきたとおばあちゃんが言っていたのを憶えている」
佳奈さんが答える。
「そうね。そんな話を聞かされたことがあるわ」
佳奈さんの言葉に佐藤さんは記憶を探っているようだったがやがて口を開いた。
「どうして見ず知らずのあなたがそんなことをご存じなの」
話が想定外の方向にそれたので、僕は説明に窮したが、山葉さんが僕の代わりに答えた。
「彼は霊感が強く、物に宿る霊やそこに染みついた記憶を読み取ることが出来るのです」
彼女がおもむろに説明するとサイコメトラーみたいでカッコよく聞こえるが、普通の人には受け入れられそうにない内容だ。
しかし、佐藤さん母娘は山葉さんの説明をあっさり受け入れたようだった。それは、加奈さんが原因不明の拒食症状に見舞われていたからかもしれない。
「立ち話も何ですから食堂に戻りましょうか」
山葉さんが声をかけて僕たちは食堂に戻ることになった。
「山葉さん、お祓いして僕が食べられるようにしてくれるんですか」
「いや、少なくとも朝ご飯には間に合いそうもないから君は食べずに座っていなさい」
「そんな殺生な」
僕が涙目になって抗議していると、佳奈さんがつぶやいた。
「すいません。私達のせいで」
「いや。そういうつもりでは」
僕は口をつぐんだ。彼女は既に数日間食事がのどを通らない状態が続いているといい、頬がこけているのが痛々しい。
朝食の焼き魚はハタハタだ。食べられない僕が恨めしそうに見ている横で皆はおいしそうに食べている。手持無沙汰な僕はお茶を運んできた女将さんに昨夜の子供達のことを聞くことにした。
「すいません。昨夜ここに泊まっている小学校低学年くらいの女の子2人を動画で撮ってあげたのでファイルを送りたいのですが、どの部屋にいるか教えてもらえませんか」
女将さんは首を傾げながら答えた。
「昨夜泊まったのはあなた方のグループと、そちらのテーブルのお客さんだけですよ」
そちらのテーブルというのは佐藤さん一家のことだ。
「でも、確かに浴衣を着た女の子が2人いて、一階の座敷童の間の奥の方の部屋に行くのが見えたんですけど」
それを聞くと女将さんは何故かにこにこしながら答えた。
「うちの旅館の造りは、一階の奥の突き当たりが座敷童の間になっています。それより奥の部屋はありませんよ」
「え」
僕は席を立つと廊下に出てみた。確かに廊下の一番奥が座敷童の間になっている。僕が見た続きの廊下は何だったのだろう。
怪訝な顔をして戻ってきた僕に女将さんは言った。
「えかったな。めんこいわらすにあえて」
「えええ」
僕が絶句していると栗田准教授が言った。
「何だ内村君、座敷童を見たなら早く言ってくれよ」
僕は慌ててスマホの画像集を開けてみた。至近距離から撮ったから絶対映っているはずだ。
「写真に撮ったのか」
山葉さんも隣からのぞき込む。
二体の人型が画面に現れたが、よく見るとそれは人形だった。僕が見たとおりの髪型で浴衣に丹前姿だが、それは座敷童の間に並べてあった人形のうちの二体のようだ。
「なんだ人形じゃないか」
「確かに女の子が二人いて話をしたんですよ」
山葉さんに向かって躍起になって説明していると、佳奈さんもこちらのテーブルまで寄ってきた。
「私も二人の女の子が廊下を走っているのを見ましたよ」
「ほら、他にも目撃者がいるでしょ」
山葉さんは、加奈さんの証言を聞いて座敷童の存在は信じたようだが、今度は面白くなさそうな表情を浮かべる。
「私は会えなかったのが口惜しいな」
「そうや、何で言うてくれへんの」
山葉さんとクラリンは本当に口惜しそうだが、その横で栗田准教授は上機嫌だった。
「僕は、内村君が見たと言うだけで十分ですよ」
「きっと皆さんにいいことがありますよ」
女将さんが取りなしてくれたので、皆は機嫌が良くなった。僕たちの今回の旅の目的はこれで果たしたのかもしれないと思える。
朝食を食べ終えた山葉さんは栗田准教授とこれからの予定を話し始めた。
「今日は佳奈さんとウッチーの拒食症状をなんとかするために動きたいのですがよろしいですか」
「もちろんいいですよ。指輪のお祓いでもするのですか」
「いいえ。この指輪の持ち主が渡したいと願っていた人に届けるのが最上の方法だと思います」
山葉さんが自信ありげに言うので、僕は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「阿達さんに託された指輪が何故佐藤さんの家にあるかがわからないし、五十嵐さんの家族の所在もわかりませんよ」
「それをこれから突き止めなければならないな」
山葉さんは、佳奈さんにつられて僕たちの隣のテーブルに座った佐藤さん夫妻に聞いた。
「おじいさんはどちらの出身ですか」
「宇都宮です。亡くなるまで宇都宮の家で私たちと一緒に住んでいました」
山葉さんは佐藤さんと会話しながら、スマホの画面を見ている。
「おそらく、宇都宮の第二一四連体に所属されていてインパール作戦に参加されたのですね」
「はいそうです。父は作戦の早い時期に負傷して後方に送られたと言っていました」
佐藤さんのご主人が答えた。
「第何とか連隊というのと出身地が関連するのですか」
僕の質問に栗田准教授が答えてくれた。
「第二次大戦までの日本は徴兵制だったので、出身地別に連隊や師団が編成され、それぞれに訓練を受けてから戦場に送られていたのです。
「佳奈さんのおじいさんは、戦場で阿達さんに指輪を託されて、どうにかして日本まで持ち帰ったのでしょう。そして帰国後に渡してくれるように頼まれた相手を探し続けたが見つからなかったと考えるのが妥当です」
山葉さんはスマホを操作しながら指輪が佐藤家にとどまっていた理由を推理する。
「戦後の混乱のためでしょうか」
佐藤さんのご主人が心なしか申し訳なさそうに言った。
「それだけではないでしょう。おそらく、指輪を託されたのが同じ部隊の兵士だと勘違いをしていたのかもしれません」
「それはどういう事ですか」
佐藤さんのご主人は重ねて尋ね、栗田准教授が解説した。
「ビルマでの戦いはインパール作戦の後もイラワジ川の会戦などの激戦がありました。混乱の中で名前だけを告げて、指輪を託されたとしたら。同じ部隊だと思って出身地の周辺で探すことになるはずです」
「それでは、本当は別の部隊の人に頼まれたということですか。」
「そうです。そこにいる内村君が夢で垣間見たのはコヒマ攻略作戦のようです。インパール攻略を支援するためにイギリス軍の補給路を遮断するために行われた支援作戦です。第二四一連隊はコヒマ攻略ではなくてインパール攻略の本隊に参加しているので別の部隊のはずです。」
山葉さんは僕が話したコヒマという地名を手がかりに、インパール作戦の概要を調べて五十嵐さんの所属部隊を推理していたのだ。
「でももう七十年以上も前のことやし、特定するのは難しいのではないですか。」
クラリンがつぶやいた。彼女が言うことは的外れではない。
「地区を特定して、氏名がわかれば意外と絞り込めるのではないかな。五十嵐というのは全国的にも多い名字だが、ウッチーのエピソードにあった「いからし」と読むのは新潟県が多いらしい。」
山葉さんの説は次第に捜索の範囲を絞り込んでいくようだ。
「新潟県の部隊で、コヒマ攻略戦に参加していたという具合に網をかけるわけですね。」
栗田准教授の言葉に山葉さんはうなずいた。
「高田の第五八連隊が該当するはずです。」
「第五八連隊って言葉に覚えがある。」
僕が言うと、山葉さんが微笑んだ。
「彼も聞き覚えがあるみたいです。現在の上越市高田周辺をターゲットにして探してみましょう。」
「でも、探すと言ってもどうやって探すのですか。今は個人情報が保護されているから、ネットで検索してもまず出てきませんよ。」
僕は懸念材料を口にしたが、山葉さんは余裕たっぷりの表情で答えた。
「東京とか大阪出身の人には馴染みがないはずだが、田舎から出てきて東京で働いている人々は出身県の県人会と言う組織を作っている場合が多い。関東地区新潟県人会に連絡して、亡くなった祖母の持ち物から戦没者の遺品が出てきたので遺族を探すためにSNSで情報を拡散して欲しいと頼むのだ。」
「山葉さんのアカウントを使うのですか。」
「出来ればウッチーのアカウントを使って欲しいな。」
「何故僕のアカウントなのですか。」
「私の顔写真入りのアカウントを使うと余計なダイレクトメールが紛れ込んで収拾がつかなくなるからだ。」
「私もそう思う。内村君そうしてあげなさい。」
栗田准教授も彼女を支持したので、僕は渋々うなずいた。
「それでは、私が東京の新潟県人会に連絡してみるから、ウッチーはSNSの文面を考えていてくれ。」
山葉さんはWEBで探したらしい新潟県人会の事務局とスマホで会話を始めた。
佐藤家の家族のふりをして、遺品が出てきた事情や情報の拡散を依頼するところは板に付いていた。振り込め詐欺とかやらせたら成功しそうに思えるくらいだ。
彼女の話を聞きながら、僕はスマホで文面を作っていた。文字数制限があるので簡潔な文章にしなければならない。
「それは駄目だ。ダイヤの指輪なんて書いたら指輪欲しさに手を挙げる輩が出て来かねない。単に遺品とだけ書いてくれ」
電話を終えて画面を覗いた彼女からだめ出しが出た。僕が言われたとおりに修正している間に彼女は皆に説明を始めた。
「関東地区新潟県人会が情報の拡散に協力してくれるそうです。彼が情報を送信して事務局の方が内容を確認したら拡散を始めることになりました」
僕は入力を終えると画面を彼女に見せた。
「これでいいですね」
「うん。いいだろう送信して」
僕が送信ボタンを押した後しばらくは何の反応もなかった。
やがてSNSの通知音が鳴り始めた。県人会の事務局と繋がっている人たちが情報を拡散しているのだ。通知音は次第に頻度を増していく。
「関東新潟県人会の組織力はすごいですね」
「それだけ沢山の人が新潟から東京に来て働いていると言うことかな」
通知音が鳴り続ける中、僕は最初の通知から確認を始めた。ほとんどの人が情報を拡散しているだけだが、中には、見つかるといいですねとコメントを付けている人もいる。
僕は有力な情報を求めて次々と通知を確認していった。
「山葉さん、この通知を見てください」
僕は通知画面を見せた。そこには、上越市南高田の五十嵐貞子さんのご主人ではないかとコメントが寄せられていたのだ。
「ウッチーの情報には貞子さんの名前は入れてなかったよな」
山葉さんの質問に僕はうなずいた。
「ダイレクトメールで情報提供者と連絡を取ってくれ」
山葉さんが真剣な顔で言い、周囲の皆は固唾をのんで見守っていた。
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