第12話 山葉の日本刀

山葉さんの独白は続いた。

「仕事に行けなくなったOLには都内に居場所すらなかった。遊びに行きたいのに時間がないという不平不満は、きちんと仕事をして初めて口にできる言葉だ。私は仕事に行けなくなると先行きが不安になり、あてもなくさすらうことしかできなかった」

「それは、山葉さんが悪い訳ではありませんよ。早い話がパワハラとかセクハラと呼ばれる部類の話ではないですか」

僕が擁護すると彼女は少しうれしそうな顔をして話をつづけた。

「その頃の私は、そんなこともわからず自分を責めてしまっていたのだと思う。結局、賃貸マンションを借りていた下北沢近辺をうろうろしていて、中途半端な時間にこのお店でコーヒーを飲んでいたら細川オーナーが私に声を掛けてくれたのだ」

その時点で、山葉さんは単なるお客さんだったはずで、僕は細川さんがどのような関わり方をしたのか興味があった。

「細川さんは何と言って声を掛けたのですか」

「彼女は最初から核心をついてきた。行き場がないなら自分と一緒にカフェの仕事をしないかと言って誘ってくれたのだ」

僕の心に疑問が渦を巻いた。

僕の想像では、山葉さんの様子を不審に思った細川さんが事細かに質問し、山葉さんが悩みを打ち明けたのではないかと思っていたからだ。

「初対面の人をいきなり仕事のパートナーに誘うのは、唐突過ぎませんか」

「私もそう思った。しかし、話をするうちに細川さんが私のことを詳細に観察したうえで、声を掛けたことが理解できた。何せ彼女は占いで身を立てた人だからね。それに、近所に住んでいたのでお店には何度か足を運んだことが有ったので、細川さんから見たら私に何かあったことが手に取るようにわかったらしい」

山葉さんはいつになく饒舌だった。

「それで、このカフェで仕事をするようになったのですか」

「そうだ。最初はウエイトレスの仕事のみだったが、細川さんはバリスタとしての技能を身に着けるための養成スクールに行かせてくれさえした。そのうちに私の実家がいざなぎ流を継承していることを知ると、彼女は悩みを抱えたお客さんがいたら私の祈祷を受けることを勧めるようになり今に至っている」

僕は、カフェで仕事を始めたきっかけはわかったものの、彼女が勤めていた出版社のことも気になった。

山葉さんにしてみれば、その職場の話は嫌な記憶に違いないが僕は聞かずにはいられなかった。

「最初に勤務していた出版社はどうしたのですか。無断欠勤が続いたら人事担当の人が連絡してきたりするはずですよね」

「そのとおりだ。結局、私の無断欠勤が続いた形になり、最終的には私の方から依願退職する形になった。結果的にはそれでよかったと思っているよ。そうでなければ私も事件に巻き込まれていた可能性が高いから」

山葉さんは時として言葉たらずなところで話を切ってしまう傾向がある。僕は事件と言う言葉が気になり彼女に続きを促した。

「その事件って一体何ですか」

僕の関心とは裏腹に山葉さんはつまらなそうに答える。

「私にセクハラしていた上司が、同じ会社の女性社員に刺されたのだ。彼女は私と同様に口説かれた挙句不倫関係になったが、彼の奥さんにばれて、手切れ金程度を貰って別れたという話だった。私の後に入ったアルバイトの女性と彼が付き合い始めたのを見て逆上したうえでの犯行らしく、アルバイトの女性も同時に刺されて重傷を負った」

僕はぞっとしながら、彼女に言う。

「それでは、会社に居続けてその上司と関係を持っていたら山葉さんが刺されていた可能性があるのですね。仕事を辞めていて正解だったというものかな」

「私はいくら口説かれても、その男と付き合うつもりはなかったよ」

山葉さんが慌てたように言葉を足したので僕は微妙に可笑しかったが、もう一つ気になることが有ったので彼女に尋ねる。

「それでは、会社の最寄り駅で聞こえてきた赤ちゃんの声は何だったのですか」

「最近になって、その駅は大規模な改修工事があった。当然コインロッカーなども一旦撤去されたのだが、その際に生後間もない乳児の遺体が見つかって騒ぎになったらしい」

最近工事が続いている山手線の大きな駅の話だったのかと思い、僕は背筋が寒くなる。

「その遺体は、山葉さんの元上司とかかわりがあったのでしょうか?」

「さあね。仮にそうだとしてもそこまで結び付ける人間はいなかったのだろう。乳児遺棄事件は犯人不明のままで、建前上は今でも捜査中のはずだ。今になってみれば適当な理由をつけて遺体が発見されるように仕向け、発見されたら私の手で供養してあげればよかったと思う。その子は見つけてもらいたくて声が届く人間に呼びかけ続けていたのだからね」

僕は彼女の真面目な表情を見て思わずつぶやいた。

「やはり、山葉さんはいざなぎ流の祈祷を続けるべきですよ。それだけの能力があるならばきっとそれを必要とする人は多いと思います」

彼女はまっすぐに僕の目を見た。

最近伏し目がちで、まともに口を利かない雰囲気が続いた彼女と久しぶりに対面した気がする。

「それは買いかぶりすぎだ。内村君が先ほど見た武者姿の男が私の先祖だとしたら、彼は神職よりも戦いに重きを置いていたことがその容姿からうかがえる。私の家に伝わるいざなぎ流は、所詮は集落の中で持ち回りでやっていたご祈祷係程度の存在に違いない」

彼女は自らを卑下するようにつぶやいた。

いざなぎ流の祈祷に自信が持てなくなった彼女は、いざなぎ流の存在意義も否定しつつありそれは由々しき問題だった。

何はともあれ、僕はいざなぎ流の調査のためにアルバイトをしているようなものなのだ。

僕はもう一度彼女を説得しようとしたが、彼女は再び伏し目がちになって黙り込んでいる。

僕は話を変えてみることにした。

「さっきの武者姿の男性の霊ですけど、その日本刀を使おうとしたら出現するのですか」

「いや、抜刀したら必ず出現するというものでもなく、気まぐれな雰囲気だ。子供の頃はその刀を見ていたら暗い森の中を歩いていて周囲を取り囲む青白い光が話しかけてくる情景が頭に浮かんで、大泣きして祖母を困らせたことがあるそうだ。」

子供の頃の彼女が怖くなって泣いているところを想像すると、なんだか微笑ましい感じがする。

しかし、それを口にすると怒られそうな気がするので、僕は彼女に刀を見せてもらうことにした。

「山葉さん、その刀を抜いて見ていいですか」

「いいけど、この刀は刀身が長いからさやから抜くだけでも大変だよ。私が抜いてあげるよ」

テレビの時代劇などでは一瞬で刀を抜いて構えているが、実際は日本刀をさやから抜くのは難しいらしい。

僕が見ている前で、山葉さんは立ち上がると日本刀のさやの部分を左手でつかんで持った。

そして塚の部分に右手を添えると、パチンという音と共にさやの下から鈍く光る刀身が覗く。

「これは鯉口と言って、日本刀の刀身が勝手に鞘から抜けないように止めておくための金具なのだ」

彼女は、説明しながら日本刀をさやから一挙動でスラリと抜き放った。

以前僕に突き付けられたこともあるその刀は刀身から鈍い光を放つ。

僕はもしかしたらこの刀で切られて絶命した人もいるのかもしれないと思い生唾を飲み込む。

「好きなだけ見ていいよ。ただし刀身に唾が散ると錆びの原因になるから、間近に見ながらしゃべるのはやめてくれ」

山葉さんは果物ナイフを手渡すような気軽な雰囲気で刀の柄の部分を僕に差し出した。

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