#73 俺の挨拶は長い
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文化祭も無事に終わり、1ヶ月後に迫った期末試験に向けて教師陣が本気を出し始めている。その熱意は想像以上にすごくて、「部活や準備で奪われた時間と生徒達の学習意欲を取り戻す!」という気持ちがダイレクトすぎるくらいにひしひしと伝わってくるのだ。ただ言っておくが、というかいい加減教師陣も学習していると思うが、さらに言えば教師陣にも必ずこの経験があると思うが、生徒達の学習意欲など元々ないのだから、取り戻すも何もあったもんじゃないのである。そこはどれだけ頑張っても無理よ。
再び始まった普通の勉強週間だが、俺には嬉しい変化があった。
それは、華音様と話す機会が格段に増えたことに他ならない。意外な形で距離をぐっと縮めることになった俺達は、毎朝個人的に話しかけて挨拶をすることが当たり前になっていた。何ということだろう、この風景を過去の俺に見せてやりたいくらいだ。彼女に声をかけるだけで何時間ももじもじして、芋男子集団の中でうずくまるしかなかった俺が。呼吸をするように自然な流れで、声をかけている。……というか、声をかけられている。
意外かもしれないが、7対3くらいの割合で、声をかけてくるのは華音様の方からなのである。今日もまた然り。
「藤井くんおはよ~」
「お、おはよ!」
はい、本日もキラキラスマイルいただきました。カメラないけどシャッターチャンス本日もバッチリいただきました。どうもごちそうさまです。今日も俺はあなたの笑顔を見られたので1日生き延びることができます。どうもありがとうございます。
俺は華音様のご挨拶を賜る度に、上記の文言を心の中で反芻している。もはやここまでが朝のルーティン、といった所だ。ほら、「家に帰るまでが遠足です」ってあるじゃん? あれと同じ。文言を反芻するまでが、挨拶です。
そして、俺はきちんと気づいている。彼女のちょっとした工夫に。
みんながいるところでは藤井くんで、2人の時には京汰くん。
その区別もちょっぴり嬉しい。溢れ出る特別感……! 滲み出る秘密の共有感……!
まぁ、俺は彼女を何と呼べばいいのか、分からずじまいだけど。
だってさ、華音様! ってのは心の声ダダ漏れみたいな感じでちょっと恥ずかしいし、華音ちゃん! だとちょっと軽いというか薄っぺらいというか、どっかのナンパ野郎が言いそうだし、篠塚さん! はかしこまり過ぎて、せっかく縮まった中がまた遠くなっちゃいそうだし。どれもしっくり来ないよね?
だから、絶賛悩み中です。誰か模範解答教えて。
それから嬉しいことはもう1つ。
それは、なんと、華音様とマンツーマンでLINEできるようになったこと! クラスのグループラインを共有していただけだったのに、わざわざ俺を友だち登録してくれて、メッセージ送ってくれるなんて! 泣きそうである。
文化祭の翌日、“昨日はありがと”と華音様から個人でLINEが来たのだ。その瞬間舞い上がったことは言うまでもない。
このチャンスをみすみす逃すわけにはいかないと思い、それからは挨拶とか他愛もない話を、お互いのペースで続けている。1日も途切れたことはない。よしよし。
今んとこ既読、あるいは未読スルーされてないということは、全くの脈なしではない……と信じたい。……いや、彼女は女神様だからな。送られてきたら誰でも返すんだろうな。絶対自分で会話を終わらせるタイプの子だと俺は確信している。
そして今日、さらに驚くべきことが。
華音様はおはよう、と俺にいつも通り声をかけた直後、何を思ったのか俺のスマホにLINEしてきたのだ。学校にいる時にスマホが震えること自体、滅多にない。俺はびっくりした。
いや、今ここにいるのになんでやだろ。俺は明るくなった画面をチラリと見る。
“ちょっと屋上来て!”
送る相手間違えてない? とか思いつつも、俺はすぐに“了解です”というスタンプを押して、屋上へ向かう。
<僕は教室残ってるから安心して!>
俺の動揺具合を察したのか、隣にいた悠馬が気を遣ってくれる。あれ、できる男じゃねえか、お前は。
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