#5 ニワトリなの?

 コンコン、コンコンコンコンっ。


 ドアのノックの音がして、俺はのろのろと目を開けた。と、そこにいたのは……

 そうです。皆さん正解です。大正解だよおめでとう。


『おはよう、京汰! もう7時だよ! そうそう、期限切れのパン食べても、何も影響なかったから、最後の1枚食べちゃった! んでねぇっ、今度は焼いて食べたいな、って思って、トースター使わせてもらったよ。いやぁ、色々びっくり。式神が機械触っても問題なく動いたよ、エアコンも動いた! すごいよね!……ってねぇ、聞いてる? 起きてる? そろそろ起きないといけないんじゃない? ねぇ……』



 お前はニワトリか。式神ではなかったのか。

 起きてすぐの時は、俺は大抵機嫌が悪い。俺にとって、朝と世話焼きと勉強は天敵なのだ。

 ドアの目の前で絶え間なく紡がれる悠馬の言葉の数々が、俺のイライラを助長した。大股でドアまで歩いて、力強く開け放つ。


『どわっ!!』


「朝からうるせぇっ! 存在もうるせぇっ!! 消すぞこらっ」


『うわうわ、やめてやめてそれは』


 反省したのか、悠馬はそれからふっつりと黙った。俺の視界からも消えた。やれやれ……。


 やっと静寂が訪れ、内心ほっとしていた。


 ……が、それも束の間。


 またどこからか現れた悠馬が、とにかくうるさい。家政夫ってこんなにうるさいのがデフォルトだっけ。




『ご飯食べた?』


『歯、磨かないとダメだよ』


『カギ忘れないでね』




 悠馬との生活が始まって、最初の朝だ。


 やっぱりこいつは父親と同類だった。お節介この上ない。あの親父が作っただけあるわ、と妙に感心する。




 あーだこーだと1人で騒いで俺を急かしていた悠馬は尋ねた。


『京汰、もう学校行くの?』


「ああ」


『ええっ、嘘でしょっ?!』




 突然、悠馬は焦り出した。俺は制服のネクタイを結ぶ手を止めた。



「どうした? さっきまであんだけ俺のこと急かしてたくせに」


『……いや、だって、僕だって外出するにはちゃんと身だしなみ整えないと。……って、ああ、そっか! 京汰助けてっ』



 いや待て聞いてないぞ。俺は父親から何も聞いていない。

 世話係の式神が配属されましたよってことも、この式神学校にもついてきますよなんてことも、一切合切聞いてないって。



「……えっ、俺の学校についてくんの?!」




 怪訝な顔をした俺に、悠馬はぴしゃりと言い放つ。




『世話係として当たり前でしょっ! それに僕が行っても京汰以外にはバレないし!』


「いや、もし視える奴いたらどーすんだよ」




 式神は焦れたように叫んだ。




『んじゃあ隠形おんぎょうするよっ!……それより京汰、早くっ! 助けてっつってんじゃんか!』




 隠形とは、呪術を使って身を隠すことである。


「何だよ、助けて、って……」




 俺はネクタイを手早く結び、1人でジタバタしている悠馬の元へ行った。慌てる式神を見て、妙に納得した。


「そっか……そうだよな。ほら、俺が見てやるから」


『良かった! 鏡に映らないから、身だしなみチェックのしようがなくて。助かったぁ』




 俺は小さく笑った。




「そのくらい、式神なんだから知っとけよ。映る訳ねぇだろ。……それにこれじゃあ、俺が悠馬の世話してることになってんじゃん」


『このくらいはいいじゃん、仕方ないんだから! それに昨日、洗濯機まわして京汰の洗濯物干したの誰だと思ってるんだよ』


「え……。悠馬、お前そんなこと……」




 素直に感謝したが、“式神がお洗濯。”の図を一人で思い描いて大笑いする俺の肩を、ひどいっ! と悠馬が叩く。




「ほら、動くなって。悠馬、こっち向け。チェックしてんだから」




 実際、悠馬の身だしなみはほとんど乱れていなかった。


 ちょこちょこっと直して、俺と隠形した悠馬は外に出た。

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