【10月11日】任務S
王生らてぃ
本文
「右。2クリック」
「うん」
「そこから……上、3クリック」
「うん」
「距離600……着弾まで2秒。風は西に1メートル毎秒。
「うん」
今回の
スコープを覗き込み、ホテルの窓から標的が姿を見せる瞬間をじっと待つ。引鉄には常に指を引っ掛けて、いつでもやれるように。
「左。1クリック」
ここで相棒から、謎の指示が飛んできた。
言われた通りにした瞬間、窓に標的の姿が現れた。とてつもなく大柄な男で、見るからに戦闘用の義体で武装しているのがわかる。背広を脱いで、ワイシャツ姿になっているところだった。窓の近くには立っているが、決して窓から顔や頭を覗かせようとはしていない。
サイボーグには心臓への狙撃は意味がない。脳を直接叩いて破砕するしかない。
わたしは相棒のほうは一切向かずに、相棒の指示を待った。だが、彼女はなにも言わない。
そのうち、標的はカーテンを閉めて、窓から遠ざかってしまう。まずい、このまま逃してしまっては任務を果たせない。しかし、相棒はなにも言わないままだ。
「下に1クリック」
指示が飛んできた。
射線はちょうど、窓の左下の窓枠を狙うような格好になっている。言われた通りに修正する。
狙撃手は孤独だ。
相棒の観測手のことを、信頼しないといけない。疑いを持ってはいけない。だけど、スコープを覗き込んでいる間、わたしの目には彼女の姿は映らない。ひとりぼっちなのだ。もしかして彼女は隣にはいなくて、わたしの脳に偽の指示が飛んできているんじゃないかとか、そういう不安や疑念が常に頭をよぎる。その度に、瞬時にそれを振り払って頭の中をクリアにする。指示が来た時、チャンスがあった時、常に即座に反応できるようにする。
カーテン越しの部屋の中に、標的の動きは確認できない。身動きが取れない。
「右。6クリック」
ここで大胆な指示だ。射線は窓を横切って、反対側の窓枠に移る。
「うん……」
「
撃った。その後に指示の内容を理解し、そして困惑した。なぜ? 弾丸は窓枠に向かって飛んで行き、風に煽られ、かんっとぶつかって虚しく落ちていく。
窓に標的の男の影が映った。気付かれた。
その時、窓ガラスがパキッと割れた。雪の結晶のようにヒビが入り、その中心には穴が空いた。男の頭が風船のように砕けて割れ、重たい体が倒れていくのが、カーテン越しの影に見えた。
わたしは肩をとんとんと2回叩かれて、顔を上げた。困惑はすでに消え、つまらない映画を見せられたような溜息がでた。
「任務完了」
相棒が言った。それはわたしにではなく、インカム越しのボスに対してだ。
こんな顔をしていただろうか、今回のわたしの相棒は。彼女は通信にふた言み言、なにかを呟いた後にわたしの方を見た。
「おつかれさま。見事ね」
皮肉や文句を言い返す気にもならず、わたしは銃を折りたたみ始めた。
ようするに、わたしは「かませ」だったのだ。わたしの役目は標的を仕留めることではなく、標的をおびきだすこと。わたしたちの他にも狙撃手がいて、わたしの狙撃で標的を誘い、もうひとりの「本命」のほうが標的を仕留める。
「知ってたのね」
「まあ。上の指示だから」
観測手はなんの感情もない顔でわたしに答えた。
「風の向きや、標的の動きを考えても、適切なタイミングの狙撃だった。あなたは見事にやり遂げた。素晴らしいわ」
「ありがとう」
わたしは銃をケースに納め、撤退の用意を整えると、相棒に向かって言った。
「でも、一発殴らせて」
「は?」
答えるより早くわたしは、利き手とは逆の左手でそいつを殴っていた。生身のわたしと、義体のあいつ。とうぜん、相手はびくともしない。人工の皮膚に拳がめり込む、妙な質感しかなかった。
なんでもないような顔をして、相棒は髪を夜風になびかせた。
「……気が済んだ?」
「いちおう」
「ボスの指示で、しばらくはあなたと一緒に仕事をすることになりそう。最悪。よろしく」
「こちらこそ、よろしく。最悪」
わたしたちは2人揃って、ビルの屋上からの撤退を始めた。
「あんた名前は?」
「ソア」
「わたしトーコ。よろしくね、相棒」
ソアは答えずに、わたしも答えを聞かずに、非常階段を駆け下りて、組織の車が待っているはずの地下駐車場まで向かった。わたしは息が切れ、ソアは平気な顔をしていた。
気味が悪いやつ。気に入らないやつ。
でも、すこし気に入っていた。
【10月11日】任務S 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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