第三話:便りは土産を伴って来たり
あの時、俺はラフィスが西方領域においては誰もが知っている大商人である事を知らなかった。
そんな大商人に、あんな物を仕入れてくれと言ったのは無知にも程があるが、全く嫌な顔をせずに取引に応じてくれた彼に感謝の念は尽きない。
悩んでいても仕方ない。
細々とした用事を済まそうと、街に出ていると人の出入りがいつもより多い。
一体なんだと思って街の門の方を見てみると、商人が群れを成して街の中心にあるオアシスの方面へと向かっている。
「お主ら、見ない顔だが何処から来た?」
「私たちは海を越えて東国からやってきた商人です。こちらで何か良き物を取引できないかと思いまして。イル=カザレムでは水晶や貴金属を使った珍しい加工品があるらしく、是非それらを我が国に持ち帰りたいですね」
なるほど、見れば確かに砂漠の国で暮らす人々とは違う風体をしている。
顔つきも俺と似ているような気がする。何やら妙な親近感を持ってしまう。
相手も俺の顔をまじまじと見ている。
「貴方、もしかしてミフネ=ソウイチロウさんですか?」
「そうだが、何故俺を知っている?」
「言づてを承りまして。ダークエルフの大商人様からです」
ダークエルフの大商人と言えば、もはやあの男しかいない。
ついにイル=カザレムに戻って来たのか。
「ティラヒムに滞在している。貴公が来るまで出立は待つ、と」
「伝えてくれた事、感謝する」
口では冷静を装っていたものの、俺はもう矢も楯もたまらずに今日済まそうとしていた予定を放り投げて、砂漠を渡る準備を始めたのだった。
翌日、砂漠を超えてティラヒムの街に辿り着いた。
丸一日砂漠を歩きとおしたが、まるで苦にならなかった。
一刻も早く手に入れたいという思いが強くなるばかりで、休憩を入れつつ歩くという鉄則すら忘れかけていた。
いつも平常心を保てという教えすらも忘れるとは、俺もまだまだ侍としての修行が足りぬな。
ティラヒムの街はサルヴィに勝るとも劣らぬ、商都だ。
海に面しており、国中から集められた物が船を通して国外へ渡り、商人たちが国外から取引してきた物が一挙にここに集束される。
サルヴィが政治の要であれば、ティラヒムは交易の要である。
交易は人とモノの流れ、循環が大事だ。
故に、街は今日も人でごったがえしている。
サルヴィと比べても様々な種族が居る。
エルフやドワーフは言うに及ばず、ハーフフットや獣人の類もここでは奇異の目で見られる事は少ない。
言われた通り、ティラヒムの港に向かうと、確かに大商船団が港の停泊所を全て埋め尽くしていた。
荷物の積み下ろしの為に大量の人足が船を出入りしている。
荷物が山と積み上げられた場所にはダークエルフの商人が帳簿に忙しく書き込みながら、何処にアレを持っていけなどと声を張り上げていた。
その中の一人の、見覚えのある男に近づく。
「イルフィス。久しぶりだな」
「おお、君はソウイチロウか? 随分と久しぶりだな!」
ラフィスの孫、イルフィスだ。
孫と言ってもダークエルフもエルフと同じくらい長命で、イルフィスも既に三百歳を超えている。
見た目は俺と変わらないくらい若いのだが。
「ラフィスは元気か?」
「全く、七百歳も超えてるってのに元気だよ。さっさと引退して、僕に商売を任せてほしいってのにね」
イルフィスはここ最近、ずっとこんな風に愚痴っている。
だが、イルフィスは商船団を統べるにはまだまだ貫目が足りない。
度胸がなく、気が小さい上に臆病なのだ。
ラフィスはそこを見抜いている。
長となるには気性を改めなければならないが、この調子ではまだまだ無理だろう。
「ラフィスは何処に?」
「酒好きだからね。もう酒場で飲んだくれてるだろうさ」
「感謝する」
早速、俺はこの街で一番大きな酒場に足を運ぶ。
大体賑やかな場所が好きな人だから、ここで間違いないだろう。
酒場の扉を開くと、既に昼間から酒を飲んでいる人々の熱気が俺を襲う。
予想通り、ラフィスは立ち飲みの席で一人で飲んでいた。
周囲に目を配りながら。
「ラフィス!」
声をかけると、俺に気づいて笑った。
向かい合うように席に移動し、手を差し出すとがっちりと握り返してくれる。
「東方の侍よ、待っていたぞ」
「貴方がティラヒムまで来たという便りを受け、居てもたっても居られずに急いできてしまいましたよ」
「もうそろそろ、君の食料の備蓄が尽きるだろうと思ってね。まあ一杯付き合ってくれ」
店員からもう一つ杯を貰い、ラフィスが飲んでいた火酒という蒸留酒を杯一杯に注がれる。
グッと酒を喉に流し込むと、カッと燃えるように熱くなって思わずむせそうになった。
「こんな強い酒を割らずに飲むなんて、体壊しますよ」
「人生なんか、酒を味わう為に生きているんだよ。最近私はようやくその真理に辿り着いた。だからこそ世界を飛び回っているのかもな」
だいぶ酔いが回っているな。千鳥足になる前に本題に入るか。
「それで、物は何処に?」
「もう既に準備させている。商会の事務所に来てくれたら、従業員が渡す手はずになっているよ。それにしても、私に食料の輸入を頼むなど、今思い出してもだいぶ面白い」
「普通なら、貴方に頼むなら武器や防具、希少な道具でしょうからね」
「そのおかげで、何年経ってもずっと君の事を覚えているのだがね」
火酒を飲み、つまみの軽く火で炒った木の実を口に運ぶラフィス。
彼はまだ店で飲むつもりらしく、次の酒瓶も既に机に置かれていた。
「俺は事務所に向かいます。まだここで飲んでいかれるおつもりで?」
「ああ。まだしばらく仕込んでおきたいからね」
別れを告げ、ラフィス商会ティラヒム支部の事務所に向かった。
事務所では既に俺向けの荷物が用意されている。
樽詰めされた味噌と、米俵にぎっちりと詰められた米、そして瓶詰めされた醤油。
これこそが故郷の味であり、これらがあれば大抵は何とかなる。
汁を作るにも味噌があれば、あとは出汁が出る食材と少しの具材で味噌汁は作れるし、
米はどう調理しても美味い。醤油も大抵のものにかければ故郷の風味に一挙に近づく。
米は、おにぎりにして迷宮に持ち込めるのも良い。
干して干し飯にすれば、数か月も持つ。
まさに冒険者向けの食材だと俺は思う。
樽の味噌と米俵と醤油以外にも、木箱につめられた何かが置いてあった。
その上に小箱が一つ。
「これは一体? 頼んだものは味噌と米と醤油だけだったはずだが」
「ラフィス様からのお土産です。凍結魔術が掛かっているので、箱に入れておけばしばらく鮮度は持ちますがなるべく早めに食べて欲しいと。上の小さな箱は、更に早くお食べ下さい。生ものですからね」
これが土産とは、中々気が利いているじゃないか。
恥も外聞も無く、この場で小躍りしたくなる。
早速これらの荷物は
土産と、今夜の一食分だけは手元に残して。
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