第二話:商人はダークエルフ

 その昔、俺は西方の食事にほとほと困っていた。

 野菜は幸いなことに俺の口に合っていてよかったのだが、主食と副菜が口に合わなくてしんどい思いをしていた。

 思えば、極東と呼ばれる地域から徐々に西に流れるにつれて食材が口に合わなくなってきたなと感じていた。

 シンの国に滞在していた頃は食材が故郷に居た頃と似ていた事もあって、日々の食事で苦になった記憶は少なかった。

 西方の食べ物は俺にとってかなり異質なもので、まず胃が受け付けてくれなかった。

 無理やり少しずつ食べているうちに腹が慣れてくれたのは良かったのだが、舌は中々慣れてくれなくて頭を悩ませていた。

 冒険者は体が資本。食べなければ満足に動けず、危険に対応できなくなる。

 それに故郷の食べ物が恋しくて夜、寝床の上で悶える日々が続いていた。

 麺麭パンは確かに悪くはない。

 しかし、子どもの頃から親しんでいた味は如何に故郷から離れても忘れられなかった。


 酒場で供される黄金の酒を口にして、焼いた羊の串肉を頬張りながらそんな事を思っていると、一つの団体が酒場にやって来た。


「エルフ、にしては色が黒いな」


 一般的にエルフは食事に関してはこまごまとした戒律があるらしく、特に酒を厳しく禁じ忌み嫌っている為か酒場に訪れる事はない。

 しかし彼らは違う。

 

 肌の浅黒いエルフはダークエルフと呼ばれている。


 彼らはエルフから枝分かれした種族で、エルフと名がついていながら一般的なエルフとはまるで性質が異なる。

 一説には信仰している神が違うからそうなった、とまで言われているが、詳細は俺たちにはよくわからない。

 ダークエルフとエルフはお互いに何故対立しているのかを他種族には語りたがらない。

 価値観は俺たち只人にんげんに近いものを持っており、特に他者との交流を盛んに行う傾向にある。

 エルフは寡黙で、他種族との交流は積極的に行わない。ここがまず違う。

 ダークエルフは交流を好む為か口も達者で、また商売もうまい。

 いま店に入って来たダークエルフの一団も商人の集団で、会話の内容からは何処に行って帰ってきて何を仕入れたか、何が売れたか、何が売れなかったか等を話していた。


 目聡い一人のダークエルフが俺を見て、蜂蜜酒の入った杯を持って近づいてくる。

 俺を見て物珍しく思ったか。

 元より好奇心の塊でもある。サムライの格好をした、東方からの人間を見れば話しかけてみたくもなるものだろう。酒が入っていればなおさらだ。


「随分と珍しい。東方の人間のサムライがこんな所に居るとは思わなかった」

「俺も、ダークエルフなる人種を見るのは初めてだ」


 お互いに軽く挨拶を交わす。

 

 ダークエルフはエルフの中でも異端と称され、特にエルフから一方的に嫌われているからか彼らの聖地を追い出され迫害された歴史を持つ。

 しかし、彼らは持ち前の明るさと交流の術により、他種族と融和し馴染んでいった結果、今では世界中に点在し、あるいは世界を飛び回っている。

 

「私はラフィス=フォルト。この商人たちを取りまとめて長をやっている」

「俺は三船宗一郎だ。ま、見ての通り冒険者だよ」


 俺の稼業を明かすと、ラフィスの目が光を帯びたように見えた。


「ところで君は、私の取り扱っている商品に興味はないかな? 冒険者ともなれば、生死の願掛けをする道具も必要だろう。或いは、迷宮から一瞬で脱出するという幻の道具もあるが如何かな? 無論、装備品も獲得した戦利品も全て失い、自分の命のみを持って帰れるというリスクはあるがね」

「おいおい、こんな酒場で、しかも冒険者相手に商売するのですか、長よ」


 部下たちは既に大分酒が回っており、ラフィスを囃し立てると彼は顔をしかめた。

 冷やかしや冗談ではなく、真面目に俺に商売を仕掛けているのだ。


「この方の身なりを見てわからないのか、お前ら。背中に負っている刀は逸品だ。鎧や具足も長く使われているが、質が良く、加工技術も高い。これだけの装備を持っているなら、冒険者としての腕も良く稼げるって事だ。商機は逃したら二度と掴めない」


 だからお前らは商人として二流なんだ、と続ける。


「おい、流石に手厳しいだろう。こんな酒場で、息抜きしに来てるんじゃないのか」

「それでも商人なら、他の酔客やバーテンの様子を伺うなり、店がどんな酒や食品を提供しているか、調度品は何を使っているのか、それらも見るべきなんだ。売れそうな物があれば、次訪れた時にリストを持って提示できる。あいつらはそれを怠っている。私の教育もまだ浸透されていない」


 彼はまだ酒をそれほど口にしていないのに饒舌すぎる。

 流石ダークエルフと言うべきか。

 相手は本気で俺と商売をしたいようなので、本題に入るとしよう。


「ダークエルフの商人はどんなものでも顧客の為になり、利益が生じるならば取引に応じると聞いている。それは真か?」

「勿論。そうでなければ商人など務まりません」

「ならば仕入れて欲しい物がある。この西方では手に入れ難い物なのだが」

「承りましょう。それで、欲しい物とは?」


 その品目の名を告げると、ラフィスを目を丸くして俺を見つめた。


「そのような物が欲しいと、仰りますか」

「食の問題は切実なんだ。世界を飛び回っているならわかるだろう、ラフィス」


 俺の真剣な顔つきを見て、思わずラフィスは噴き出してしまう。


「いえいえ、仰る事はよくわかります。幼いころから慣れ親しんだ食べ物を口に出来ない日々と言うのは、さぞお辛い事でしょう。しかし、私を存じ上げなかったとはいえ、そのような事を頼むのは少々驚きでした」

「それで、どうなんだ。仕入れるのは可能か不可能か」


 俺の問いに、満面の笑みで応える。


「勿論、可能でございます。ただし、こちらまで輸送するのが少々手間ですので割高になってしまいますが」

「無論、高くなろうが俺の肉体と精神の安定の為だ。喜んで支払おう」

「交渉成立ですね」


 ラフィスとの取引は、ここから始まったのだった。

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