地産地消

あべせい

地産地消

「オヤジさん、これはうまい。さすが地場産だ。野菜も肉も魚も、地元でとれたものをいただく。これが旅の醍醐味だからね。こんなぜいたくができるなんて、この土地はなんてすばらしいンだ」

 と、客の声。しかし、言われた店主は、

「そうですか……」

 その声は、あまりうれしそうじゃない。

「ぼくは元々、ここに来るつもりはなかったンだよ。ここからまだ1時間ほど車を走らせたところにある、南信州の江府町に行くつもりだったンだけれど、車のタイヤがパンクして、その修理のためこの町に寄ったンだ」

「パンクの修理なら、すぐに終わったでしょう?」

「あァ、10分ほどでね。でも、そのとき、その整備工場の奥さんが出してくれたメロンが最高にうまくて、そのメロンが欲しくなり、近くのメロン農家を走り回った」

「この町で腕のいい車の整備工場というと、成海(なるみ)さんだな」

「そう、成海。社長は成海といっていた。奥さんは、エーッと、美形だったから忘れるはずがないンだが……」

「寿美(すみ)さんでしょ」

「オヤジ、よく知っているな。さては……」

 客は、茶化すようにして、居酒屋のオヤジを見る。

「あの奥さんは、10年ほど前、この県のミスコンテストで優勝した美人だから、この街の者なら、みんな知っています」

 オヤジは、冷静に応えた。

「へェー、そンなひとが、どうして、あンな薄汚いジジィと一緒になったンだ?」

「薄汚いですかね……」

「オイルまみれのつなぎを着て、タイヤ交換をしていた」

「あれでも、44才と聞いています。奥さんより、10才しか離れていませんよ」

「10才も違えば、十分だ。あの奥さん、可哀相だな。おれとなら、4つしか違わないのに……」

「お客サン、何を考えているンですか」

「だから、あの奥さんがパンクの修理を待っている間に出してくれたメロンの話だ。あれは、うまかった。あの奥さんの目の前で食べたせいもあるけれど……」

「あの奥さんは、自宅の裏庭でメロンを作っている。それが品評会で優勝したこともある評判のメロンです。お客さんがびっくりするのも、無理はない」

「しかし、おれにはそんなことは、言っていなかった。整備工場の事務室の前にテーブルがあって、そこに『メロン売ります』と手書きのチラシがあったから、試しに注文しただけなンだけれどな」

「いまは、そんなことをしているンだ。あの奥さん」

「おれが奥さんに、『このメロン、おいしい。こんなにうまいメロンは初めてです』と言ったら、『この辺りじゃ、当たり前のメロンです。あちこちの農家で作っています』と言われた。それで、この町に宿を見つけて、いまこの居酒屋でメシを食っているンだ。でも、この店のメニューにはないよな」

「ありますよ。メロンくらい」

「この店は『食材にこだわっている』と聞いてきたンだ。それなのに、メロンはメキシコ産と書いてある」

「うちは、メキシコ産にこだわっているンです」

 と、オヤジは、悪びれずに言う。

「牛や豚も、ここでしか飼育していないブランド牛、ブランド豚があると聞いている。でも、いまオヤジさんが焼いて出してくれた、この牛。どうみてもオージービーフだな」

「そう、こだわっている豪州牛です。ほかじゃ、手に入らない」

「そうかなア……。これが、この味が、か?」

 客は、太い竹串に刺してある角切りの肉の、固まり3個のうちの1個を、噛みしめているところだ。

「お客さん、この町に何しに来られたンです? メロンの買い付けでしょう?」

「! どうしてわかる?」

 同じカウンターの、男から少し離れた席から若い女性が、

「オヤジさん。こちらの焼き鳥、まだ?」

「エッ、あッ、焼けました。いまお出し、します。どうぞ」

 オヤジは、思い出したように、慌てて女性客のほうに体を伸ばし、焼きあがったばかりの焼き鳥を差し出す。

「ありがとう。オヤジさん、このトリ、ブラジルでしょう?」

「よくわかりますね」

「私、居酒屋チェーン店でバイトしていたから。この値段なら、外国産で仕方ないわね」

「そうなンです。お客さん、さすが経験者。わかっていただけるンですね」

「モチよ。日本の食糧自給率が上がらないのも当たり前。みんな、安いものに飛びつくから。食には、ある程度お金をかけないと。ますます、食の自給率は落ちるわ」

「ちょっと、そちらに寄っていいですか」

 竹串の牛を食べていた男が、焼き鶏を頬張っている女性客に言った。

「えェ、いいけれど……」

「私、こういう者です」

 男、カウンター席にいる女性の隣に横滑りすると、名刺を差し出す。

 女性、名刺を手にとって、

「はァ……『東京食糧ジャーナル代表 四織缶計(しおりかんけい)』さん、ですか」

「はい、本業は食料品の業界紙をやっていますが、副業で、全国のうまいものの買い付けに走り回っています。まァ、安直に言えば、グルメ、ブローカーです」

「それが、私と……」

「学生さん、ですか?」

「いいえ、ことし卒業して、いまは学生時代のバイトを引きずって、そのまま居酒屋チェーン店に就職しています」

 名刺をとりだす。四織、それを受け取り、

「ありがとうございます」

 名刺を読んで、首をひねる。

「『居酒屋チェーン・四角四面』。妙な名前ですね。こんな居酒屋、聞いたことがない」

「まだ、2店舗しかありませんから」

「で、あなたは、仕入れ担当の『八坂唯(やさかゆい)』さん。こちらには、食材の仕入れに?」

「この町は、元カレの故郷なンです。元カレのご両親が、有機栽培でおいしいお米を作っていらっしゃると聞いていたので……」

「じゃ、お店で有機栽培されたご飯を出すンですか」

「社長の方針なンです。値段は少し高くなるが、安全安心なメニューで勝負したい、って」

「肉も魚も野菜も、ですか」

「はい、すべてです。いまはまだ、メニュー全体の3割程度ですが、2年後には農作物は有機栽培、肉や魚、加工食品まで、安全安心の無添加食材で行きたい、って」

「いまどき、珍しいというか、堅苦しいというか」

「それで、『四角四面』なンです。四織さんが扱われるグルメって、主にどんな食材ですか?」

「一口で言うと、高級品。この町のメロンとか、和牛、ウニ、伊勢エビ。アワビ……」

「うちもそういう食材も扱いたいけれど、客層がまだ安定していなくて。富裕層ばかりを狙うのは、社長はイヤだと言うし、かといって、貧困層では高級食材はなかなか提供出来ない」

 唯は、社長の悩みを代弁する。

「しかし、牛は国産和牛になると、確かに高いけれど、国産豚や羊、鶏なら、なンとかなる。それに、野菜はこれからどんどんいいものが出せます」

 四織は、勢いこんで話す。

「話のわかる農家と契約して、種播きの段階から畑買いするンです。農協を通していると、良質な野菜はなかなか手に入らない。天候不順で量が不足する事態を予想して、南と北、気候の異なるあちこちの農家と手を結ぶ」

「なるほど。それなら、1年、乗りきれるかも。でも、そうなると資金がたいへん……。社長がどう言うか……」

 唯は、ちょっと考え込んだ。

「いいえ、そういうときのために、私のような者がいるンです。どうぞ使ってやってください。私が全国を飛び回って、出来るだけご希望の食材を調達いたします。それが、仕事ですから」

 四織は、そう自信たっぷりに言った。

 そうか。そういうことか。唯は、話しながら密着するくらい、そばににじり寄ってくる四織に対して、懐かしいものを感じた。

 いったい、何だろう? 懐かしさの正体とは? 唯が、居酒屋のすすけた天井を見上げて、懐かしさの記憶を手繰り寄せていると、居酒屋のオヤジがお客の会話に割り込んできた。

「四織さんですか」

「あン?」

 四織は、オヤジの顔を、邪魔なヤツだとばかりに見上げる。

「そういうことなら、私の店でも、お世話していただけますか」

「エッ、この店?」

 四織は、わけがわからないといった風に、周囲を見回す。床から天井までだ。床のコンクリートは、経年劣化か、所々ひび割れして、凸凹している。壁は長年の脂汚れで、元のアイボリーが濃い茶に変色している。

 四織たちが腰掛けているカウンター席の椅子も、シートは縫い目が破れて、中のスポンジがはみ出ている。

「オヤジ、メニューを変えるのもいいが、その前に、店を改装するのが先じゃないか」

 と、突然、

「お客さん、うちの宿六に妙な知恵をつけるのは、やめていただけませんかッ!」

 四織が驚いて振り返ると、中生ジョッキーを両手に持った、大柄の女が突っ立っている。

 太ってはいるが、顔の色艶はよく、20代後半を感じさせる肌をしている。オヤジとはどうみても、年は20才以上離れている。しかし、「宿六」と言ったのだから、夫婦には違いない。

「エッ、あなた、こちらの奥さんッ、ですか」

 四織は、目をむいた。太っている点を除けば、すばらしい美形だからだ。いままで、どこに隠れていたのか。2人がけのテーブルが2卓と、あとはカウンター席ばかりだから、亭主ひとりでやっている居酒屋だと思いこんでいた四織は、ちょっと見直す気持ちになった。

「この店は、うちの宿の兄がやっていたのだけれど、先月病気で倒れたから、タクシーに乗っていたうちのが急遽、代わりに切り盛りしているンです。汚いのは仕方ないけれど、仕入れに口を出されると、うちのはすぐにノる質だから、困るンです」

 デブ美女の女将は、心底困った顔をして言った。

「しかし、それにしては、炭火で肉を焼く手つきがいい。実にさまになっている。トウシロウには、とても見えない」

「そりゃ、個人タクシーをやる前は、おでんの屋台を引いていたから。料理をつくるのは、嫌いじゃない。ねェ、そうでしょ。あんた?」

 女将は、急にあまえるように亭主に言った。なンだ、まだ、新婚なのだ。四織は勝手にそう解釈した。


「あらッ、またパンクですか?」

 四織が国産の古いクーペを乗りつけると、表を掃除していた成海整備工場の寿美が、運転席のそばに寄ってきた。

 四織は、美人の彼女に会いたくて、昨日に続いてやって来たのだが、そんなことはおくびにも出さずに、車から降りると、

「奥さん、きょうはパンクじゃない。パンクは昨日、とっても丁寧に修理してもらったから、いいンですが……」

「きょうは、どんなご用件でしょうか?」

 寿美は、ちょっと警戒するそぶりを見せた。

「車のETCの具合がおかしくて、ちょっとみてもらえないか、と……」

 四織は、うまい口実を考えて来なかったので、咄嗟に出たのだが、いきなりメロンはおかしいと思ってのことだ。

「ETCなら、わたしでわかるかも……」

 寿美はそう言いながら、四織が降りた車の運転席を覗いた。

「エッ、奥さん、車にお詳しいのですか?」

「いま、夫は外出していまして。もうすぐ戻りますが、ETCの簡単な故障なら、以前に直したことがあるものですから……」

 と言いながら、配線をたどりながら運転席に腰掛けた。

 四織は、この1年、ETCがまともに動作していないことに、初めて感謝した。

「これ、断線しているか、接触不良です。ほらッ、フロントガラスに貼ってあるアンテナの豆ランプが点灯していないでしょ」

 寿美が指差す、フロントガラス上部の小さな黒いケースに極小のランプがあるが、確かに消えている。以前は緑色に光っていた。

「いまテスターで調べます。すぐすみます」

 寿美は手慣れた動きで、テスターを持って来てアンテナの断線だと知ると、器用に、アンテナ線のフィード線と、内部の銅線を5分ほどで結びつけた。

 すると、すぐにアンテナに緑色のランプが点いた。

「奥さん、すばらしいッ!」

「いいえ、夫の仕事を見ていると、自然に覚えるものです」

「おいくらお支払いすれば、いいでしょうか?」

 四織は財布を取り出す。

「お客さん、四織さんとおっしゃいましたね」

昨日、パンクの修理代を払った領収書に、「四織缶計」と書いてもらっている。

「そうですが……」

「食材を探して、全国を飛び回っておられるとか」

「どうして、ご存知なンですか?」

「昨日、いらっした居酒屋は、わたしの兄がやっています」

「エッ、そうだったンですか」

 道理で、この修理屋を町一番の整備工場と誉めたわけだ。

「実は、もし気に入っていただければ、わたしが作っているメロンをお取り寄せ商品として、お世話願えないか、と……」

 それは願ってもないことだ。四織は、年間の生産量を尋ねるなど、事務所に入り、早速商談を始めた。

 その頃、唯は、東京から運転してきた車で、元カレの農家を訪ねていた。

 元カレは、すでに地元の女性と結婚し、一男二女をもうけている。

 元カレは妻と両親の4人で、10反の水田と2反の畑を耕作していた。

 すべて有機農法で、農薬、化学肥料の類いは一切使用していない。

 元カレは、妻に対して、唯のことを大学時代のゼミ仲間だと紹介した。実際、2人はそのゼミがきっかけで交際を始めたが、結局深い仲になるまでにはいたらなかった。しかし、それが今回の商談にはよかった。プラトニックラブで終わったことが、互いの印象を、未練を残したままの形でいたから、再会を喜びあうことができた。

 しかし、問題もあった。元カレの農家の生産力では、唯が社長から任されている2店舗の野菜とお米の1年分を供給することができないという。よくて、せいぜい3ヵ月分。

 となると、全国の農家や漁師、網元と契約をとりつけている四織に頼らざるをえない。しかし、そうすると、輸送費等を含め、その分、どうしてもコストが高くなる。

 さて、どうするか。

 唯は元カレの家を辞してから、車を走らせながら考えた。

 唯がいまの職場にこだわっているのは、出来うる限り「安心安全な食材」を提供したいと言う社長の信念に惚れたからだ。

 学生時代のアルバイトで終わるつもりだったのが、卒業後そのまま就職したのは、社長のその信念を一緒に貫きたいと思ったからだ。

 食品添加物を使用する食品であふれている現代社会で、無添加食品を普及させることは困難なことに違いない。しかし、大量生産大量消費は、価格減にはつながるが、消費期限を延ばそうとすることから、腐敗防止のための保存料を使う。それは、ガンなどの病気を誘発する化学物質が含まれる場合が多く、結局消費者の健康志向に逆行する。

 消費者は、化学物質を求めてはいない。健康な身体をつくり、快適な生活を維持するための食材を求めている。合成保存料等の食品添加物は、食材を大量に生産するメーカー側の都合で使用しているに過ぎない。全国津々浦々まで、同じ商品を同じ品質で届けるためには、長期保存が効くことが必要不可欠になるからだ。

 大学で農学部に学んだ唯は、魚や野菜などの生鮮食品は、大量生産すべきものではないと考えている。パンや豆腐といった日常の食材は、大手メーカーにはふさわしくない。個人商店が、その地域の消費者向けに作ればよい。そうすれば、保存料などの添加物を使う必要はなく、消費者は安心安全の食品を手にすることが出来る。

 食品を選ぶ消費者にも問題はある。見た目だけで判断するから、加工食品などには安易に合成着色料が使われる。見栄えが悪くても、安心安全な食材は少なくない。

 確かに、色が悪ければ、鮮度が落ちている証しと言える食材はある。魚や肉がそうだ。売る側は、少しでも多く売りたいから、着色料を使い、見た目をよくする。それに騙される消費者は少なくない。

 メーカーや販売する側が悪いのか。消費者のほうに知恵がなさすぎるのか。色がよくない魚や肉は敬遠される。すると、作る側や売る側は、さらに色をつけ加える。この悪循環を断ち切るのは容易ではない。

 その夜。

 唯は前夜の居酒屋に行った。まえもって、電話で打ち合わせておいたため、すでに四織も来ていた。

 魚や肉、野菜などの生鮮食品は、現地の生産者から直送してもらう。四織はすでに、このシステムを構築している。唯は、四織を相手に、必要な食材の量は、1週間単位、さらに前日には微調整して必要数を決定して、ネットで注文することを文書で約束した。

 あとは問題の多い加工食材だ。豆腐、練り物、ハムなどの類いだ。とりわけ、肉の加工品には、食品添加物が多い。保存料をはじめ、発色剤、増粘剤、乳化剤、香料などだ。いずれも発ガン性が高いものが平然と使われている。しかし、無添加のハムやソーセージを作っているメーカーもある。当然、消費期限は1週間程度と短い。

 しかし、1週間の期間でも、生産者と消費者の距離が近ければ十分である。要は、生鮮食品並みに、生産者の手から消費者の手に、出来るだけ早く渡るようにすればよいのだ。

「わかりました。御社のご希望通りの食材を集めます。集められないものは、すぐにご返事します」

 四織は、テーブル席で向かい合った唯に言いきった。

「早速ですが、食後にメロンはいかがですか? 網目のいい、マスクメロンです」

 四織はそう言ってポケットからはがき大の写真を取り出した。寿美がビニールハウスのなかで、メロンを収穫している光景が映っている。

「成海というこの居酒屋の主の妹さんが、家の裏の畑で作っていらっしゃるメロンです。300㎡ほどの畑ですが、全体がビニールハウスになっていて、なかでマスクメロンを栽培しておられます」

「食べてみたいわ」

 唯はつい、本音を漏らした。

「では、味見していただきます」

 四織はそう言って、カウンターの中にいるオヤジに合図した。


 1年後。

 唯は四織と一緒に、北に向かう新幹線に乗っている。グリーン車の2人掛けシートだ。

 2人は、3ヵ月前から、1つ屋根の下で寝起きする間柄になった。いわゆる同棲生活。結婚ではない。

 唯が勤めていた居酒屋は、社長がチェーン展開は時期尚早だとして、2店舗のうちの1店舗を閉店して、1店舗のみの営業になった。

 これに伴い、それまで仕入れ担当を任されていた唯は、営業している唯一の居酒屋の店長代理になるように勧められた。しかし、唯はそれを断り、四織の仕事を手伝う道を選んだ。四織の仕事のほうがおもしろいとみたからだ。

 唯が勤めていた居酒屋チェーンが挫折したのは、結局客足が伸びなかったことが最大の原因だった。

 食品添加物が含まれていようと、客は安くてうまいものを求める。体に害があるとわかっていても、ひとは安くて、うまい食べ物に走る。これが人間心理なのだろうか。

 唯は、人が安心安全の無添加食品に関心を持たない限り、いまの状況は変わらないと痛感した。しかし、諦めるわけではない。人の気持ちを変えるには、とてつもない時間がかかるのだ。

 唯は、無添加食材の普及運動をしてみようと考えた。それには仲間がいる。とりあえずは、身近で知っている四織なら協力が得られそうだ。

 唯はあるとき、そのことを四織に伝えた。四織は自分の仕事に支障のない限り協力すると約束した。彼もまた、日常生活では、健康維持のため、食品添加物を排除している。仕事で、食材を探す場合も、その姿勢でいるが、料金が高めになることや、探しきれない場合は、出来るだけ食品添加物の少ない食材を仲介することにしている。

 魚や肉なら、防腐剤、発色剤、着色料のないものだ。野菜なら、さらに無農薬、無化学肥料で、有機栽培されたものを選ぶ。

 四織は唯と意気投合した。そして、肉体関係をもった。年齢は、13才、ひと回り離れているが、2人は価値観が一致していることに満足した。

 唯は四織の助手として、一緒に食材を求めて全国を飛び回るようになった。

 そして、3ヵ月がたった。しかし、世の中は、なかなか都合よくはいかない。2人の間に、行き違いが生じてきた。

 1つは、家庭生活で、四織は片付けが苦手だ。

 まず、掃除をしない。出したものは、その場に置き去りにして平気なのだ。これに対して、唯は、出したものは、元あったところにきっちり戻す。だから、家の中は、いつも整然としている。埃ひとつない。

 四織はそれに満足しているが、唯からは、常に片付けるように求められる。それが煩わしい。それがもとで、小さな諍いが起きる。

 そのほか、四織は金銭感覚にルーズだった。唯は、財布の中に、いくら入っているか、常に1円単位で把握している。お金を出せば、レシートは必ず要求する。

 金銭出納張をつける習慣がある。四織はそんな唯にいつも感心するが、自分では、やろうとはしない。唯は、もうこのひととはやっていけない、と密かに考えるようになった。しかし、仕事では頼れる。だからと言っていいのか。唯は、こんどの北海道行きを最後に、四織とは別々に暮らそうと決意した。

 幸い、結婚しているわけではない。仕事仲間が同居している形だ。そのことを、この旅の途中で話すつもりにしている。

 唯はいま、そのことを言い出すタイミングを、通路側の席で眠りこけている四織を見つめながら考えている。

 唯の新しい住まいは、四織に内緒で、すでに確保してある。いま住んでいるところは、四織のマンションだ。四織のマンションに転がり込む形で同棲を始めたのだから。

「カンちゃん」

 同棲を始めてから、唯は四織のことを、缶計だから、「カンちゃん」と呼んでいる。

「うーん、なんだ?」

 四織は、眠い声で返事する。

「わたし、この旅を終えたら……」

「あン?」

 四織は、まだはっきりとは目覚めていないようす。

「わたし、ひとりで暮らそうと思っているの……」

 すると、

「それがいい。キミはまだ若い。もっともっと、いい男がいる」

 四織から、間髪を入れずに、返って来た。

 その瞬間、唯は底無しの、淋しさに襲われた。

 どうしてッ! なぜ、イヤだと言わないのッ!

「冗談、ウソよ。わたしがカンちゃんのそばを離れるわけないじゃない!」

 唯はそう言って、四織の首筋に両手を回して、人前も気にせず、キスをした。自分でも、どうして、急にこんなことになるのか。ひとのこころはわからない。

 明治の文豪、夏目漱石が書いている。

「ひとの心は、コロコロ変わるから、こころと言うのだ」

 と。

 唯は、四織の首に抱きつきながら、

「でも、いつか、別れなくちゃ……」

 と、考える。

                     (了)


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地産地消 あべせい @abesei

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