第2話 逃げようがないパイロット失格の烙印

 誠にもその理由が分からないわけではなかった。誠は操縦が下手である。下手という次元ではない。ド下手。使えない。役立たず。無能。そんな自覚は誠にもある。運動神経、体力。どちらも標準以上。と言うよりも、他のパイロット候補生よりもその二点においては引けを取らないどころか絶対に勝てる自信が誠にもあった。ただ、こと今の主力の戦闘兵器である、『アサルト・モジュール』の操縦となるとその下手さ加減は前代未聞のものだった。


 確かに自動車の運転免許を取ったときも、実技で相当苦労して同じ教習を何度も繰り返した前科があるのは確かである。だが、それ以上に誠の操縦はひどいものだった。最低、最悪、教習課程制度始まって以来の最低の落ちこぼれが誠だった。


 そんな誠も意地でもパイロットになりたかったわけでもない。教習が始まった三日後には自分の不適格を自覚して、教官に技術士官教育課程への転科届を提出した。しかし、なんの音沙汰もない、途中で紛失されたのかと、次から次と、自分で思いつくかぎりのそういうものを受け付けてくれそうな部署に連絡を入れた。回答は決まって「しばらく待ってください」というものだったが、何一つ回答は無く、パイロット養成課程での訓練の日々が続いた。


 そして、そういう書類を提出した日には必ずある男から電話が入った。


 嵯峨惟基特務大佐。古くからの母の知り合いと言う事は誠も知っていた。実際、実家の剣道場には時々この男が現れ、母と親しげに談笑し、庭に出てタバコを一服し、そして母に挨拶して帰っていく。そういう光景は何度も見た。見たところ二十代半ば、長身でがっちりとしたどこか抜けた雰囲気のある男。それが嵯峨だった。


 この男こそ、誠を東和宇宙軍のパイロット候補の道に進ませた張本人だった。大学四年の夏、持ち前のめぐりあわせの悪さで内定の一つももらえずに四苦八苦していた誠にちょこちょこ寄ってきて耳元で「いい話があるんだけどさあ……聞いてみない?」などと、何を考えているのか分からないにやけた面で話しかけてきたのが嵯峨。その声に耳を貸さなければ、今こうしてすることもなく、地下駐車場で立ち尽くすという状況にはならなかったはずだ。


 その日はそのまま嵯峨の手にしていた応募要項を受け取り、それに必要事項を記入してポストに投函した。なぜか、次の日に一次面接があり、建物が公共施設だった以外はこれまで受けた民間企業と変わらない一次面接を済ませて家に帰ると、誠の持っていた携帯端末に一次面接の合格と二次面接が次の日に東和宇宙軍総本部で行われるというメールが来た。


 今思えば、明らかにおかしな話だった。場所が東和宇宙軍総本部に変わっただけで、質問内容も説明のセリフも一次面接と何一つ変わらない二次面接を済ませると、前日と同じくそのタイミングでメールが入った。内容は内定決定。あまりの出来事にあれほど待ち望んでいた内定通知をただぼんやりと眺めていた。その時それを辞退する勇気があれば……今でも誠はそのことを後悔している


 その後も奇妙なことは何度もあった。内定者に対する最初の説明会で、今の時点での希望進路を記入するアンケート。誠の名前が印字されたマークシート用紙。本来空欄であるそこにはすでに、パイロット志望の欄に印がついていた。消しゴムで消そうとしたが、完全に名前と同時に印刷されているようで全く消えない。諦めて誠はそのまま提出し、そうして誠はパイロット養成課程に進んだ。


「誰かが何か企んでるな……ってまあ企んでるだろう。人の覚えは一人しかないけど」


 そう独り言を言いながら誠はただ行きかう人々を眺めていた。


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