29.勇者の末裔はこの時手加減を止めることにした

地面が蹴りあげられて、下草が数枚、空中に散った。

せっかく覚えた長ったらしい口上も、聞く相手がいなければ意味はなし。


人型がぐにゃりと歪み、突き出した腕はまるで間接などないかのごとくありえない方向へと曲がる。

否。

箱にひそむべく自在に姿を変えられるミミックには実際に間接が存在しない。

腕だったものが不定形に蠢いて人間にはなし得ぬ射程とスピードで迫る様は、なまじ元が人間に近しい形であったがゆえに嫌悪感が沸きおこる。

次の瞬間、マッピーの視界に広がるのはライトでほのかに照された草むらではなく、銛のように変形し、撃ちだされたミミックの黒い肉の武器だった。


がおん、と物体が激しく打ち付けられる音が響く。


「ど、どうだ、痛いだろ」


変幻自在の身体を使って、初めて誰かを襲ったミミックは、カタカタと合わぬ歯の根を食い縛り、それでも叫ぶ。


「ぼくは人を襲う怪物、ミミックだ! 強いんだ! 二度とぼくに勇気がないなんて言わせるもんか!」


精一杯声を張り上げ、主張したいことを言い切って肩で息をする。

うずくまる人間からの反応はない。

人の身を貫いた手を戻していないことに気づいて、ぐねりと影の身体を変形させて。


「え」


そこで初めて、自分の手がなくなっていることに気づいた。


「素直に従っていれば良かったものを」


痛みにうずくまっていたはずの人間が、ゆっくりと立ち上がる。

傍らにはすぱりと切り落とされた、ミミックの手首から先が転がっていた。

ひゅお、軽く振った剣先の風圧で、下草の葉が切れて風に舞っていく。


「訂正しますよ、確かに貴方は勇気があるようだ。

ただ言わせてもらえれば」


刹那の間に反撃に転じた剣の達人が、手元の刃先と同じく鋭くした眼差しに闘気を漲らせて構えた。


「動きが遅すぎる。

その鼻の曲がりそうな体臭を武器にした方がよほど勝機がありますよ」

「ふぐぅ」


下水道を通ってきたことを揶揄され、ミミックが言葉に詰まる。

そこで言い返せない辺りが、本当に弱い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る