17.お仕事は己を見つめ直す時間

「じゃ、そろそろ怒られそうだから俺は戻る」

「かわいい後輩を手伝ってやろうという親切心はないんですか!」

「おまえがちゃんと仕事の手順を覚えない内は馬鹿やらかして巻き込まれそうだからやだ。

毒入りマットレスの分解は耐毒持ちの勇者の末裔が一人でやった方が早いだろうし」


そんなごつい刃物扱える奴の手伝いなんてできんよ、と指した先には腰のベルトに吊り下げられた剣だ。

シンプルな革製の鞘に納められたそれは自国の紋章が刻まれており、柄を含めても六十センチは越えている。

ここまで大型の武器を日常的に携帯しているのは、職員の中ではマッピーだけだ。


自分が投入したゴミの焼却が終わったのをこれ幸いと、先輩はもたれ掛かっていた壁から背中を離して歩き始める。

手伝ってくれる気はなさそうだと察知したマッピーは、最後に煙草の火を消して後始末する彼に向かって問いかけた。


「会館にいる魔族達、一時だけでも敷地の外に出られると思いますか?」

「自主的に会館から離脱するってことか?」


先輩は前髪で隠れた視線をちらりと台車の傍らでしゃがみこむマッピーに向けると、ど、と大口を開けて笑った。


「そんな身の程知らずな奴いるわけないだろう!」


プロの芸人がぶちかまし、会場が揺れるほど沸いたかのごとき爆笑であった。

聞けば(主に人間の)複雑な思惑が絡み合う魔族達は、この会館の敷地内だからこそ収容できているとのこと。

『人質』という立場の魔族達は、それをよく教えられてからここへ来る。


「まあ、無理だな。

魔族の代表が人間に反抗的な態度だってタカ派に戦争の口実を与えかねんから、相当の理由がなきゃ許可は出せない。

脱走なんてしたら、それこそ情報が広まる前に俺たち職員が連れ戻すか……最悪、殺されることだってありうるだろうさ」

「…………」


マッピーは去っていく先輩の背中を黙って見送った。

だらけてもたれかかった拍子に作業服に付着したであろうトタン板の錆については、ついぞ言わなかった。


おもむろに剣を抜き払い、マットレスを台車に乗せたまま軽く一突きする。

抜いた剣は湿り気を帯びていたものの、濡れていると表現するほどではない。

毒液は染み込んでいるものの、液体がにじみ出すほどの量ではなかったようだ。

地面を消毒する必要がないとわかり、ほっと息をつく。

先にシーツやクッションの小物を焼却炉へ放り込んで、後は台車から下ろしたマットレスをひたすら解体する作業に勤しむ。


「先輩はさ、一言二言余計なんだよね」


話聞いてくれるとこは優しいと思うけどさ。


胸に広がるもやりとした感情を勢力すべく、浮かべた言葉を口に出す。

愚痴じみた文章は、ざくざくというマットレスを切り裂く音でかき消されていく。

雨避けの屋根と壁がある程度の簡易的な小屋の中で、カバー部分の布をはがし、細かくちぎれてしまった繊維が焦げのこびりついたコンクリートの床に舞い散る様を眺めながらマッピーがなんとなしに思うのは、己の経歴についてだ。

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