03

 友人が来た。


 彼女の心音。息遣い。好きだった。とても落ち着いていて、どこか儚げで。


 目が見えなくても、普通に暮らせるし、普通に生きていける。音が鳴れば、それは把握できた。せいぜいが、文字を読めない程度。さわって覚えたので、読めないけど書ける。意味も分かる。


「今日も雨だね」


「うん。雨の音が気持ちいい」


「そっか」


 彼女。りんごを斬っているらしい。彼女は、包丁を使うのがうまくないので。切るというより、斬っている。あぶない。次に指を切りそうになったら、自分が切ろうと思っていた。


 彼女の、心音。やさしく、安定している。


 数ヶ月前、長期に雨が降るという予想が出たとき。この心音は、乱れた。そして、自分に入院しろと強くすすめてきた。しかたがなく、入院して、ここにいる。


 退屈だったけど、雨が降り始めてからは、退屈ではなくなった。


 雨の音。それを聴いているだけで、ずっと、楽しんでいられた。


 雨の音と、彼女の音。それさえあれば、何もいらない。


 彼女は、自分の目を治そうとしているけど。その気はなかった。目が見えないからこそ、彼女の音を感じることができる。


 雨の音。そして、りんごを斬る音。


「替わるよ。りんご切るの」


「えっ」


「あぶないよ。ゆび」

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