9話 顔を売るという事

 地下水道は中々に広いが、ちょくちょく地上に出れる場所もあるし、迷った所で出口が何処かもしっかり表示されているので、実はそこまで危険ではない。

 季節の変わり目に、大量に湧いて出てくるのさえ潰しておけば、一応子供でも中にはいって数匹魔物を片付けてこれるくらいには安全に作って入る。とは言え、魔物であることには変わりないので、群れている鼠共、気が付かずに触れたスライム、虫の飛行からの突撃などで大きいけがをしたりするので、油断は禁物ではある。いや……そもそもこんな所に子供を遊びに行かせる方がどうかしているか。


「今年は数が多い」


 松明の火でスライムを駆除しつつ、大きいため息を吐いて浅く呼吸する。淀んだ空気はまだ晴れていないので深く吸ってしまうと、あまり体によろしくない。一応換気口は付いているのだが、魔物、特にスライムがいると空気が淀む傾向にあるので、良い所で切り上げて地上に戻らないといけない。これに関しては単純に歳のせいだが。

 とりあえず外装を少し上にあげて、口元に持っていき、なるべく淀んだ空気を吸わない様にして対処。雑魚相手とは言え、もう少し対策してきても良かったな。


「……これくらいにして一旦切り上げるかね……」


 とりあえず今日はスライムを片付けたので、残りの鼠と虫は明日に回そう。

 今回の討伐依頼に関しては魔物の総数がどれくらいいるのか分からないのでとにかく魔石を持っていけば持っていくほど、稼ぐことが出来る。ほったらかしにされて報酬額が上がっていくのは魔石の交換レートが関係してくる。

 簡単に言えば魔石10個で銅貨1枚なのがやばくなると魔石5個で銅貨1枚、と言う様に明らかに報酬のハードルが下がっていくので、これを狙うのもいるが……現状よりもさらに淀んだ空気、群れる鼠に、大量に湧いている蟲、辺り一面のスライム、汚く臭くてきついのもさらに熾烈になるのでお勧めが出来ない。だからこそ人気が無く、緊急性が高くなった時にしか若い連中はこの依頼をやりたがらないという事になる。


「それにしたって疲れるね……」


 手頃に地上に出れる出口があるので、回収したスライムの魔石をじゃらじゃらと鳴らしてから地上に戻る。

 地上に出れば日の加減から夕方前だと分かる、昼前くらいに潜り始めたのでそれなりに長時間潜っていたようだ。


「とりあえず……体の汚れと匂いを落とすかね」


 匂いのある所にずっといると、その匂いに慣れてしまうので、やはり地上に戻って空気の違う所にいると自分から嫌なにおいがしていると言うがよくわかる。この依頼の悪い所と言うか、嫌がられる点の一つもこれだ。一回潜って上がってくれば、服から体から全部一旦洗わないとまともに街の中を歩けなくなるというのがでかい。

 流石に知らない顔がいきなり不快な匂いをまき散らしていたら、あっという間に憲兵なりがすっ飛んできて、摘まみだされるか、思いっきり水をぶっかけられるのだが、そんな事は殆どない。私の顔を知らない新参者くらいだな、いやーな顔をしてこっちを見てくるのは。


「また地下の掃除かい?」

「そうだよ」


 なるべく人通りの少ない道を歩いていたら、昔から住んでいる住民に声を掛けられる。これも今まで私がこつこつとやっていた成果になる。


「他の冒険者がやってくれないから大変だねぇ……」

「昔からやってるから続けてるだけだって」

「だとしても、若くないんだしねえ?」

「何、私が死んだところで誰かがやるだけだよ」


 少し呆れたような感じで息を吐き出し、遠い目で街の中心側を眺める。


「一人仕込んでるけど、そのうち出ていくだろうし、課題っちゃ課題だよ」

「冒険者の定住ってのは難しい」


 声をかけてきた住民もはーっと大きめのため息を吐き出す。

 

「嫁さん貰って腰据えてくれりゃ御の字だけど……そこまで引き留める力はないだろう」

「こうなったらうちの孫でも差し出すしかないねぇ」


 けらけら笑ってはいるが目が笑っていない。これは相当本気で考えているって顔だ。……街自体の平均年齢はそこまで高い訳じゃないが、たまにこういう冗談なのか本気なのか分からないのが飛んでくるってのもよく知ってはいるのだが。


「ま、今は風呂と洗濯だよ、汚れるから大変だからね」

「ならうちを使い、娘夫婦もいないしねぇ」

「んじゃ、遠慮なく」


 こういうのも顔を覚えて貰った事や、今までやってきたことの返しになる。

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