ワールド・トータルス

和知田正則

序章:仮想世界闊歩編

第1話 仮初の守護者・1

 夕暮れ時、徐々に辺りが暗くなる時間帯。明かりがなければ周りを確認するのが難しい中、一人たたずむ者がいた。

 和室の畳の上で正座する男の前には立派な仏壇が。暗がりの中窓から夕陽が差し込んではいるが、供えられた写真の人物や男の表情などを垣間見るには光が足りない。

 男はうつむきながらすすり声をあげる。その頬には夕日に照らされた一筋の涙が伝った。










「…ふぅ!だいぶ慣れてきたね」

「そうだね。最初は体動かすのに違和感ありまくりだったけど」


 二人組の少女。一人は剣を鞘に収めつつ一息を入れる。ショートヘアの見るからに活発そうな雰囲気で、もう一人は背中を半分くらい覆うロングヘア。こちらは一見大人しそうな見た目だ。どちらも簡素な布製の服の上から鉄製の防具を着用している…とは言っても最低限の箇所しか覆っておらず、あまり質のよさそうな物ではない。

 両名少し疲れた様子を見せるもその表情はにこやかで。談笑しながら林道を抜ける。


「そういえばさ、フタ」

「なぁに、ヒト」


 林道そばにあった大きめの岩にこしかけたショートヘアの少女がロングヘアの少女に声をかける。お互いニックネームで呼び合っているようだ。


「あたしらがこのゲーム始めてから一週間じゃん?体の動かし方も慣れてきたし、そろそろ別のエリアに行ってみない?」

「そうだね。装備も初期からあんま変えてないし、色々欲しくなってきたね」


 フタがヒトの隣に腰かけ、自身の眼前に指をかざす。

 すると半透明のディスプレイのようなものが現れ、英文字の規則的な文章が流れだした。ヒトも同じ画面を出し、指でなぞりながらディスプレイ内の小窓を色んな方向へスライドしていく。小窓内には二人が今までに得たアイテム等の情報が記載されていた。


「…そういえば聞いた?初心者狩りの話」

「えぇ!?このゲームにもそんなのあるの!?」

「どのゲームにもあるよ。わたしもつい最近知ったんだけど」


 ヒトは驚きのあまり画面を操作する手を止めフタを見るが、話題を振った本人は淡々と画面を操作しながら続けた。


「厳密にはチーターらしくて。わたし達みたいな初心者からアイテムとかお金とか取ったりしてるらしいよ」

「確かこのゲーム略奪は出来ない仕様だもんね。でもやだなぁ。せっかくいい感じのフルダイブ型ゲーム見つけたのに。そんな事してたら新規が減って自分達の首をしめる事になるって気づかないのかなぁ」

「分かってたらそんな事しないよ。結局自分達が暴れたいだけなんだよ。そういう人って」


「…へぇ。分かってんじゃねぇか」


 自分達とは違う野太い男性の声。二人がビクついて後ろを振り返ると、やたら体格のいい男が一人に細めの男性が三人。どれも装飾の入った豪華な装備を身につけており、中でも体格のいい方は一際ゴツそうな物を纏っていた。ヒトとフタは青ざめた表情で岩から降り、少しづつ後ずさる。


「噂をすればってやつだな。有り金全部置いて失せな。そうすりゃ命だけは助けてやる」

「だ、誰が…」


 ヒトが反抗するが、顔はひきつっており恐怖しているのが見て取れる。フタに至っては言葉を失っていた。男達はその様子を楽しむかのように一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「死んだら持ってるアイテムはぜーんぶロスト。レベルもダウンするし、いいことないと思うけどな~?」


 細身の内の一人が嘲笑うが、ヒトは鞘から剣を抜いた。


「ヒ、ヒト!勝てる訳ないよ!大人しくお金置いて帰ろ?」

「なに言ってんの!また一からお金貯めろっての!?せっかく新しい装備買おうと思ってたのに!」

「俺もそっちの娘に同意だけどなぁ。ま、運がないと思ってさ」

「う、うるさい!やあああ!!!」


 ヒトは完全に自暴自棄になり、フタの静止も聞かずにリーダー格と思われる体格のいい男に向かって行く。男はそのまま何もせず仁王立ちし…


「やあっ!」


 ヒトの斬撃を受ける。コキンと軽い金属音が鳴るが、傷一つ付いていない。


「ヒト!もうやめようよ!」

「このっ!このっ!」


 フタが必死に叫ぶがヒトはまるで止まらず、半ばヤケになるような形で剣を振り続ける。だがステータス差があり過ぎるのか何回剣が当たっても男の装備に変化は表れなかった。


「ははは!若いねぇお嬢ちゃん!」


 攻撃を受けていた体格のいい男は笑いながらヒトの首根っこをつかむ。体格差がかなりあったためか、その肢体は軽々と高い位置まで持ち上げられた。


「うぐっ、離せえぇぇぇ!」


 苦しそうに体をバタつかせるヒトだが、男は微動だにしない。そのまま空いた方の手で背中に収めている大剣に手を伸ばす。

 フタは叫び続け、取り巻きの男達はニヤケ続ける。ヒトが斬られてこの場はおしまい…誰もがそう思っていた。



 …ブゥゥゥン



「…え?」


 始めに気付いたのはフタだった。喧騒の中で確かに聞こえた音。その音は段々と大きくなってきていたため、徐々に他の者も気づき始める。


「…ん?なんの音だ?」


 今まさにヒトに斬りかかろうとした男も動きを止める。その間に音は更に大きくなり…


 ブオォォォン!!!


 音の正体はエンジン音だった。バイクだ。そいつはバイクに乗っていた。木々の間からバイクに乗った男が飛び出してきたのだ。そいつは一直線にヒトを掴んでいた男に向かったため、男は慌ててヒトを放す。

 ヒトと男は尻餅をつき、他の者もじっとバイクの方を見る。全員が固まっていた…無理もない。このゲームにバイクなど、設定上あり得ないからだ。

 全員から注目を浴びる者はバイクから降り、笑みを浮かべながら男達の方を見た。


「よーしそこまでだ。仮想電脳法違反により、お前らの身柄を拘束する」

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