番外編

番外編 先生のご褒美プリン

「今日は、いつも勉強を頑張ってる湊くんにご褒美です」


 冬の前触れを感じさせる、少し寒い日だった。

 家庭教師でもあり、俺の恋人でもある三枝結月さえぐさゆづき先生は、休憩の際に唐突にそんな事を言い出した。


「ご褒美ですって!?」


 唐突に出たご褒美という言葉に、俺は過剰に反応してしまった。

 先生から出るご褒美と言えば……あれしかない。この前は次の模試で良い点を取らないとダメだと言ったのに、意地が悪い。

 無意識のうちに、思わず先生の柔らかそうな唇に視線が行き、ごくりと唾を飲む。


「あー……えっと、期待してるところ申し訳ないんだけど、キス、じゃないよ?」


 先生が微苦笑を浮かべて俺の期待を粉砕した。

 俺の心は真っ暗闇に落とされた気分になった。なんだろう、この絶望感は。砂漠の中を彷徨い続けてようやく見つけたオアシスが幻覚だった、みたいな時の気分だ。砂漠なんて行った事はないけれど。


「まさかそんなに凹まれると思わなかったよ……えっと、じゃあこれ、要らない?」


 先生が言いながら鞄の中から保冷バッグを取り出した。


「それは?」

「その……プリン作ったんだけど、食べるかなって……」


 先生がもじもじとして恥ずかしそうに言った。


「食べます!」


 俺は即答した。先生の作ってくれたものを食べない選択肢などあろうか? いや、ない!

 しかし先生はじぃっと口に手を当て、責める様に上目で俺を見た。


「なんですか?」

「だって……キス以外はご褒美じゃ無いんでしょ?」


 さっきの反応を根に持たれているらしかった。


「そんな事ないですって! 先生のプリン、凄く食べたいです!」

「でもさっき、凄く落ち込んでたもん」


 先生は拗ねた様に口を尖らせて、プリンの入った保冷バッグを自分の方へ寄せた。


「湊くんに喜んで欲しくて作ったのに……」


 そして、悲しそうな顔をした。

 悲しそうな顔なのに可愛すぎて、胸がきゅんきゅんする。

 思わず、俺は保冷バッグを持つ先生の手をがしっと掴んだ。


「先生!」

「きゃっ」


 いきなりの俺の行動に、先生がびくっとする。


「俺、先生のプリン食べたいです。食べていいですか?」

「……ほんとに食べたいの?」


 不安げにこちらを見て訊いてくるので、しっかりと頷いて見せる。


「じゃあ……どうぞ」


 そのまま先生はテーブルの上に保冷バッグを置き、中からプリンを取り出した。

 ステンレス製だろうか。プリンの入れられた銀色の容器が三つテーブルの上に並べられた。

 プリンはアルミホイルによって閉じられていて、輪ゴムでしっかりと止められていた。これだけで手作り感があって感動する。


「お口に合うかわからないけど……」


 先生は言いながら輪ゴムとアルミホイルの蓋を外した。

 保冷バッグの中に入れてあったプラスチックの使い捨てスプーンと一緒に、遠慮がちにプリンを手渡してくる。


「いただきます!」


 おもむろにひと口、味見をする。

 口に入れた瞬間、一気にプリンがとろけて口の中に柔らかい甘みが広がった。甘すぎず、かと言って薄すぎずでちょうど良い加減。文句のつけようがないプリンだった。

 そのまま二口、三口とプリンを口に運ぶ。


「ど、どう……?」


 先生が自信なさげにこちらを伺う様に見ていた。


「えっと……美味し過ぎてむしろ反応に困ります。めちゃくちゃ美味しいです」


 そうなのである。美味しい美味しいと叫ぶとわざとらしいかなとも思うし、でも本当に美味しい。自然と手が進んでしまう。


「よかったぁ……」


 先生はそう言うと、頬をぱぁっと明るくした。

 先生の笑顔をおかずに食べるプリンは、この世に存在するどんな有名パティシエが作るスイーツよりも美味だった。

 そのままプリンは瞬く間にステンレスカップから消えてしまった。


「あ、もう一個食べていいですか?」

「ふふっ。どうぞ」


 先生が嬉しそうに二つ目のステンレスカップのアルミホイルを外して、差し出した。

 俺は餌を与えられた犬のごとく、そのままぱくぱくとプリンを口に運んだ。市販のプリンよりも甘くて良い匂いがして、ずっと食べていたくなる。これだったらワンホールくらいすぐに平らげてしまいそうだ。

 そのまま三つ目のステンレスカップに手を伸ばして、パクパクと食べる。先生はにこにこしながら俺が食べるのを見守っていた。

 何だか、これだと本当に餌付けされてるみたいだ。きっとペットから見れば、自分が餌をパクパクと食べる様を微笑ましく眺めている飼い主ってこんな感じなんだろうな、とふと思った。


「あっ……」


 最後のひと口を口に入れた時、先生はちょっと困ったような顔になった。


「私が食べる分、忘れてた……」


 どうやら、先生は自分が食べる分も忘れて俺に与えてしまっていたらしい。

 とは言え、最後のひと口も口の中で、どこにもプリンはない。

 ──いや、そんな事はない。まだプリンはあるじゃないか!

 それに気付いた俺は、おもむろに先生の正面まで移動して、膝を突いて座った。


「……? どうしたの、湊く──」


 先生がその言葉を最後まで言い終える事はなかった。

 俺が先生の口を、自らの口で塞いだからである。唇が重なって、そのまま舌で彼女の口をこじ開けて、彼女の口の中にプリンを流し込む。

 プリンは俺の口から先生の口へと、するりと吸いこまれていった。

 それを確認してから、ゆっくりと唇を離した。


「どうでしたか?」


 先生の顔を覗き込んで訊く。

 彼女は顔を真っ赤にしていた。


「……とっても甘かった、です」


 そして何故か敬語になる先生。

 なにこれ、可愛すぎて死んじゃう。


「湊くん……」

「はい?」


 先生はじぃっとこちらを上目遣いで見ていた。

 まだ顔も赤く、涙でも零れてしまうかというほどその大きな瞳は潤んでいた。


「プリン、もうちょっと食べたいな……?」

「え? もうないですよ?」


 テーブルには空のステンレス容器が三つ。口の中にももうプリンはない。


「探せば、まだあるかもしれないよ……?」


 何かを焦がれる様な瞳で彼女は俺を見ていた。

 その瞳を見ていると、色んな感情が込み上げてくる。溢れ出る激情を必死の思いで堰き止めて、先生をじっと見た。


「そうですね……じゃあ、もうちょっと探してみますか?」


 俺の言葉に先生はこくりと頷き、顔を寄せてきた。俺も先生へと顔を近づけて、互いに瞳を閉じる。

 そのまま、二人の唇はもう一度重なった。舌が絡み合うまで、時間はそうはかからなかった。

 唇と舌が何度も絡み合い、互いの口内を撫でる様に舐め回した。

 これは……キスじゃない。ただ、どこかにあるかもしれないプリンを、お互いの口の中から探そうとしているだけだ。

 そんなどうでもいい言い訳を自分にしつつ、俺達はただ、互いの口の中にあるプリンを探し続けた──。


【番外編・先生のご褒美プリン 了】


 ────────────────────


【後書き】


 こんにちは、九条です!

 完全にさっき思いついたネタをそのまま番外編にしました!

 楽しんで頂けたなら幸いです。

 またこんな感じで思いつけば短編を書いてみたいと思います。


 ……林檎飴チッスに続いてプリンチッスときたから、次はドリアンチッスかしら(ヤメロ)。


 さてさて、そして昨日より新作も投稿しております!

 過激なご褒美チッス()はありませんが、こちらも甘々青春ラブコメ。是非読んでみて下さい!


『付き合ったらラブコメは終わり?(いや、始まりだっ!!) #ラブはじ』

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219715287714

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