第38話 これってデジャブですか?

 先生と神社の祭りを歩く。

 彼女が誘ってくれたのは毎年このくらいの時期に開催されている柳葉神社のお祭りだ。祭り自体は特段変わったものではなくて、どこにでもある神社の夏祭り。柳葉神社は俺の家からは結構遠いので、この夏祭には来た事がなかったように思う。


(あれ……でも)


 柳葉神社の夏祭りには初めて来たはずなのに、この光景には見覚えがあった。

 デジャブか? と思ったけれど、あまりに鮮明に覚え過ぎている。


(いや……来た。来た事がある)


 神社の隅っこ近くにある射的屋を見て、俺は自らの記憶に確信を持った。ここの射的で大きなものを取ってしまって、持って帰るのに苦労したのだ。おそらく、一度だけこの神社の祭りに来た事がある。それは間違いない。


(いつの頃だっけか?)


 記憶を掘り返していく。

 あれは……多分、小学低学年の頃だった。何故だか俺は自転車でこんな遠い場所の夏祭りに来ていたのだ。

 どうしてこの祭りに来ていたのだろうか? 学区がこのあたりの学校とは異なるから、この近くに友達など当時はいなかったはずだ。でも、誰かと一緒にいた。それは間違いない。


『……湊くん?』

「……湊くん?」


 その時、横から声を掛けられた。

 ハッとして横を見ると、そこにいたのはもちろん、先生だった。先生はりんご飴を舐めながら、不思議そうに俺を見ている。彼女が食べているりんご飴は、食べやすい用に小さくカットされたものがカップにいくつか入っているミニりんご飴だ。


「え……?」


 今、記憶の中の誰かの声と、先生の声が被った気がした。そして……ぼんやりと横に、浴衣を着た女の子がいた気がする。その時も俺は、今みたいに声を掛けられたように思うのだ。


「どうかした?」

「あ、いえ……何でも、ないです」


 気のせいだろうか? 今、何だか先生と誰か別の人がダブって見えた気がしたのだ。俺は誰かとここに来たのだろうか。

 ダメだ、全く思い出せない。


「食べたいもの、決まった?」

「いえ、焼きそばかフランクフルトか、イカ焼きで迷ってます」


 俺は屋台に視線を戻して苦笑いを漏らした。

 思い出せないものは無理に思い出そうとしても無駄だ。何かの拍子に思い出す事もあるかもしれないし、今は先生との時間を楽しもう。


「それくらいなら、全部買ってもいいよ?」

「いや、でも……前に、大学生はいつでも金欠だって言ってたので」


 初めて先生がご褒美をくれた日。きっと牽制の意味もあるのだろうけれど、彼女は俺にそう釘を刺したのだ。


「あ、あれは……高額なものを要求されたら怖いなって思ってッ」


 先生もその時の事を思い出したのだろう。慌てて否定している。だが、その答えはミスだ。別の問題が生まれてしまう。


「⋯⋯お金掛からなければ、キスでもよかったんですか?」


 悪戯な笑みを浮かべてそう訊いてみると、少し頬を染めて、彼女はじぃっと責めるように俺を見てきた。


「……そんないじわる言うなら、もうご飯は奢ってあげません」

「あ、嘘です! 嘘!」


 先生がぷいっと顔を背けてすたすた歩き出すので、俺は慌てて横に追い付こうとした時──慣れない下駄だからなのか、先生が躓いて転びそうになっていた。


「おっと、危ない。慣れない下駄でそんなに早く歩くから──」


 咄嗟に腕を伸ばしてがしっと彼女の手を掴み、自分の方に引き寄せる。


「あっ……」


 浴衣姿の先生が至近距離にいた。

 彼女はいつもより少し汗ばんでいて、それがむしろ色っぽい。色っぽい反面、手に持つりんご飴が幼さを際立たせていて、どうしようもない気持ちに襲われる。


「先生……」


 好きだと言ってしまいたい。もう、こんなに苦しい想いをずっと抱え込むのはつらい。

 でも、もしダメだったら──?

 そうしたら、先生は家庭教師を辞めてしまうかもしれない。そう思うと、やっぱり俺はこれ以上は踏み込めない。もし告白して先生に拒絶されたら……俺は、頑張る理由さえも失ってしまう。それは何としても避けたかった。


「足元、気をつけて下さいね」

「う、うん。ありがとう」


 先生の手を離して、明後日の方向に視線をやる。彼女はそんな俺の横顔を、じっと見上げていたように思う。

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