第37話 去年は誰に見せたんですか?
「うわ、すご……」
俺は柄にもなく、感嘆の声を漏らしていた。
本当だったら、もっと感動の言葉とかを色々並べないといけないのに、それすら浮かばない。それだけ目の前の光景に感動していた。
「もう。湊くん、いちいち大袈裟だってば」
紺色の大人っぽい浴衣を纏った先生が恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
先生は夜からのお祭りの為に、わざわざ浴衣を着てくれたのだ。髪型も浴衣に合わせて、後髪をゆるく編み込んでいる。ただ着たかっただけなのか、俺に見せてくれる為なのかはわからないけれど……もし後者だったら、凄く嬉しい。
「い、いや……ほんとに可愛いです。綺麗だし、色っぽいし……」
「褒め過ぎだって」
照れ臭そうに彼女は少し怒ったように言う。でも、顔は笑っていて、嬉しそうだ。
綺麗で可愛く色っぽいと同時に──俺なんかが見ていいのかな、という罪悪感が芽生えてくる。もっと特別な人で、もっとスペックが高い人間でないと見てはいけないのではないか、自分なんかが見てはいけないのではないか、と思ってしまうのだった。
「……なあに?」
「いえ、何でもないです。ほんとに、綺麗だなって……」
暗い気持ちになりかけてしまったので、思わず話題を変える。
だめだ。今はそんな事で落ち込んでいる場合じゃない。せっかくこうして先生がわざわざ浴衣着てくれてるのに、凹んでいては失礼だ。
「今年は着る機会ないと思ってたから、着れて嬉しいな」
先生が嬉しそうに微笑んで言った。
ただ、そんな彼女の笑顔とは裏腹に、俺はその言葉に引っかかりを感じていた。
(今年は、か……)
引っかからなくて良いのに、つい引っかかってしまう。自分のこの性格には本当に嫌気がさしてくるが、引っかかってしまうものは仕方がない。
一度気になると最後、じゃあ去年は着たという事なのか、誰と着たのか、元カレなのか、好きだった人なのか、それともあの伏せられた写真立てに答えがあるのか、とか……考えてもどうしようもない疑問ばかり浮かんできてしまうのだった。
仮にそれを知ってどうなると言うのだ、と自分を叱りつける。例え過去を知ったとしても、俺が過去に戻ってそれを消す事はできない。そんなできもしない事の為に、疑問に思って気に病むのは無益でしかないのである。
「……どうしたの?」
先生が不思議そうに俺を見て、首を傾げた。
「……いえ。何でもないです。会場、近いんですか?」
「うん、近所の神社のお祭り。そんなに大きくないけど、お祭りなんて雰囲気じゃない? 湊くん最近頑張ってるし、息抜きになればいいなって思って」
「先生……」
彼女の気遣いは、本当に嬉しい。浴衣を着てくれた上に、そんな風に言われてしまったら、細かい事に引っかかってくよくよしてしまっているのがバカみたいではないか。
気にしても仕方がない、だから気にするな、と俺は自分に言い聞かせて、モヤモヤした気持ちを押し殺した。
「じゃあ、行こっか。何食べたい? 今日は先生がご馳走してあげる」
財布の入った巾着袋をこちらに見せて、にこりと微笑む。
そんな先生が愛しくて、その愛しさと同時に、この浴衣姿を去年誰かに見られていたのかと思うと、別の意味で凄くモヤモヤした。
先生の過去を知りたくて、知りたくない。この矛盾した気持ちは、例えば付き合えたらなくなるのだろうか。それとも、知らない限り、ずっと消えないのだろうか。
誰かと心を通わし、付き合った経験がない俺には、さっぱりわからないのだった。
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