第33話 先生はちょっと機械音痴みたいです。

「勉強の方はどんな感じ?」


 食器を洗いながら、先生が訊いてきた。

 食事中は先生の失言によって一時騒然となってしまったが、それから何とか落ち着きを取り戻して、今に至る。


「今日、全然集中できなくて。それで走ってたんですよね」


 オープンキャンパス以来、先生の事でモヤモヤ悩んでいて、とは死んでも言えない。

 ただ、頑張りだけでいうと、全く足りないように思うのだ。高校三年生の夏休みは受験の天王山。ここで一気に駆け上がらなければ、二学期以降はきついものがある。

 確かに朝から晩まで夏休みは勉強しているけども、集中力という意味では、あまり高くない。


「そっか。あ、何時くらいまでなら居ても平気?」

「えっと……十時くらいまでなら」


 俺は時計を見て言った。

 親に先生とご飯を食べている、と言っていなければもう少し遅くいても問題はないだろうけど、さすがにそれ以上遅くなるのは不自然だ。

 勉強でも見てくれるのかな?


「それじゃあ……一緒に映画見よ?」


 先生がにっこりと嬉しそうに提案する。


「え!? 映画、ですか?」


 予想もしなかった言葉に、驚きの声を上げてしまった。


「あ、映画好きじゃない? 別のにする? でも、私の部屋男の子が喜ぶものなんて何もないしなぁ」


 あごに人差し指を当てながら、先生が部屋をきょろきょろ見る。

 ちなみに、さっき写真立てが置いてあったところには、知らない間に本が置かれていた。俺がトイレに行っている間に、置き換えられたらしい。益々気になるけれど、多分それは見てはいけないものなのだと思って、自分に言い聞かせる。


「あ、いえ。映画っていうチョイスが意外だったので。てっきり勉強しようって言われるものかと……」

「今日は集中できないんでしょ? それなら、もう休養日にした方がいいよ。たまには頭も休めなきゃ」


 受験生がそんな事をしててもいいのだろうか。でも、家庭教師がそう言っているなら、それでもいいのか。確かに、八月に入ってから息抜きなんてオープンキャンパス以外何もしてないし。


「そういう事なら……何を見るんですか?」

「えっとね……アマプラに入ってるから、その中から何か選ぼうと思うんだけど」


 先生がノートパソコンを棚の横から取り出して、電源を入れた。ピンク色の女子大生っぽいノートPCだ。


「あっ……ケーブル、テレビのどこに繋ぐんだっけな……」


 PCが起動するのを待っている間、先生がHDMIケーブルを持って、悩ましい顔をしている。


「テレビに繋ぐんですか?」

「うん。映画だからその方がいいと思ったんだけど……でも、実は一回も繋いだ事なかったりして」


 先生がてへっと恥ずかしそうに笑った。友達に薦められて買ってみたものの、どうやら接続方法がわからず、そのまま放置していたようだ。


「あ、じゃあ俺やっときますよ」

「わかるの?」

「それくらいなら」


 先生からHDMIケーブルを受け取って、テレビの横側を見る。大体HDMIケーブルの差し込み口はテレビの側面にある事が多いのだ。案の定差し込み口は側面にあったので、HDMIケーブルを差してから、チャンネルの入力を切り替えた。しかし、画面は真っ暗なままだ。


「あれ? 繋がってない?」

「いえ、ケーブルは繋がってるはずですけど……あ、先生、ディスプレイの設定してます?」

「え、何それ」


 先生が首を傾げていた。

 おや? これはもしかして、先生あんまりPCが得意でない感じか。ちょっと意外だ。確かに選んでいるパソコンも、スペックで選んでいるというよりは、外観で選んでいる感じがする。女の子っぽいなと思って微笑ましくなってしまった。


「あ、じゃあそれも俺やりますね。PC触っていいですか?」

「は、はい! お願いします……」


 先生は何故か畏まって、PCを俺の前にずいっと差し出す。

 ほんとに苦手なんだろうな、というのが伝わってくる。もしかして機械音痴なのかな?

 システム画面からマルチディスプレイの設定をちょいとすると、一瞬でテレビのモニターにPCの画面が映った。


「わ、すごい! 映った!」

「いや、これめちゃくちゃ簡単ですよ……あ、これでもうディスプレイの方で操作できるんで、PC閉じちゃいますね」


 言いながらノートPCを閉じると、「テレビの方で映ってる~!」と先生が感動していた。

 何だか物凄く感嘆されているが、数秒でできてしまう設定であるので、全然誇れない。


「すごいなぁ……湊くん。パソコン詳しいんだ?」

「詳しいっていう程ではないですけど、人並くらいなら……適当に調べられますし」

「じゃあ、今度から困ったら頼っていい?」

「え、あ、はい……俺にできる事なら」

「やった! あんまり頼れる人いないから、助かっちゃう」


 先生が嬉しそうにはにかみながら、ブラウザを開いた。

 学校とかでやってくれる友達いないのかな? いや、いたら困るか。絶対にそいつと仲良くなるもんな。PC詳しくないのを良い事に、善意の下に下心を隠して接してくるだろう。俺みたいに。


「じゃあ、何見よっか?」

「先生は何がいいんですか?」

「えっとねー……」


 俺達は肩を寄せ合ってアマプラの映画一覧の画面を見ながら、見たい映画について意見を出し合った。

 何だか……これだと本当に同棲してるみたいだった。

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