第29話 先生の生活空間と写真立て

 先生の部屋は一Kの間取りで、メインとなる部屋は七帖ほどの広さだった。それほど広いわけではないが、余計なものが置いてなくて、部屋自体は狭く感じる事はない。

 テレビ台の上に液晶テレビがあって、その前に足の短いオシャレなガラステーブルと二人掛け用のソファーがある。ここでテレビを見ながら毎日ご飯を食べているのかな、等と先生の日常が想像すると、それだけでドキドキしてきた。

 テーブルの下には物が置ける仕様になっていて、その中には大きめの鏡やヘアアイロン、ドライヤー、美容器具や化粧水などが綺麗に並べられている。ここのテーブルを使って普段化粧などをしているのだなと思うと、なんだかそれも可愛らしいと思えてしまった。


「あ、ドライヤーはテーブルの下にあるから、使ってね」


 先生がキッチンからそう声をかけてくれた。


「は、はい……」


 緊張した面持ちでテーブルの下からドライヤーを取り出し、巻かれているコードを解いてテーブル下にあるタコ足電源タップに差す。

 マイナスイオンドライヤーがブォオオと音を立て始めると、温風が送られてきた。


(にしても……本当に綺麗好きなんだな)


 髪を乾かしながら、部屋を見回す。

 よく見れば、部屋の隅っこにコロコロとクイックルワイパーが立てかけてあった。あれで日常的に床も掃除しているから、フローリングにもゴミが落ちていないのだろう。

 テレビの横には本棚があって、その棚には大学で使っていると思われる教科書などの分厚い本がたくさん並んでいる。その中に一段だけ大学受験用の参考書や問題集が並んでいて、思わず笑みが漏れた。きっとここは俺の為のゾーンなのだな、と思うと、この部屋の中にも自分がいるように思えて、嬉しかったのだ。

 そのソファーの後ろにベッドがあって、ベッドは綺麗にシーツが整えられている。きっと壁に埋め込まれているクローゼットの中には先生の色んなものが入っているのだろう。見てみたいが、そこはおそらく禁断の間だ。想像だけで補填する事にしよう。

 髪を乾かし終えてから、ドライヤーをもとに戻すと、再び手持ち無沙汰となってしまった。


「……いい匂い」


 キッチンの方から来るシチューの美味しそうな香りと、この部屋の中に漂う先生の匂い。

 どっちかにしてほしいなと思いつつ、俺はテーブルの上に淹れられていたコーヒーを口に含んだ。

 それにしても、時間を潰すったって、どうすればいいのだろうか。

 ここのソファーから動けないし、物色もしたら怒られそうだし、かと言って料理を手伝う事もできないし。しかも、運動する事を目的として出てきていたので、スマートフォンも持って来ていない。時間を潰す方法がなかったのだ。

 その時、テレビの横にあった小さい写真立てがある事に気付いた。その写真立ては、前に倒され伏せられていた。それは、明らかに俺に見せないようにする為の細工が施された形跡だった。


(写真……?)


 それが気になって、手を伸ばそうか悩んでいた時、台所から「湊くんって、嫌いな野菜とかある?」といきなり声を掛けられ、慌てて手を引っ込める。


「な、ないです!」

「じゃあサラダも作っちゃうね」


 鼻歌でも歌いそうなくらい機嫌の良さそうな先生の声に、罪悪感を覚えてしまった。気にはなるけれど、見られたくないから伏せているわけで……それを彼女の許可なく見るのは、ルール違反だ。

 しかし、だからと言って手持ち無沙汰なのには変わりがない。写真立てが気になって落ち着かないので、何となしにソファーの隅っこに置かれたあざらしのクッションを抱えた。


(あ……先生の匂い)


 クッションに顔を埋めて、すうううっと息を吸い込むと、先生が近くにいるみたいで、鼻腔と肺が幸福感に覆われていく。

 って、だめだ。これでは変態みたいになってしまう。

 あざらしのクッションを横に置いて、片膝を抱えてその膝に額を乗せた。こうしていれば、写真立てが気になる事もない

 しばらくそうしていると、頭がぼーっとしてきた。走って、びしょ濡れになって、その後お風呂に入って暖まったものだから、一気に眠気が襲ってきたのだ。


(せっかく先生の部屋に来てるのに……)


 そうは思うものの、眠気は収まってくれない。うつらうつらとして、どんどん意識がふわふわしてくる。

 あの写真は何なのだろう。誰との写真なのだろう。

 もし、男との写真だったら嫌だな──そんな事を考えながら、睡魔へと飲まれていった。

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