第26話 お風呂に入れられました。
部屋の扉を閉め、先生が鍵をかけるので、おもわずドキッとする。彼女は傘の水気を取ってから傘立てに傘を入れ、サンダルを脱いで先に部屋に上がった。
俺はあれから先生に手を引かれ、彼女のマンションに連れてこられなのだ。さすがにまずいと思ったのだけれど、彼女が帰ることを許してくれなかった。もし風邪を引かれたら自分の所為になる、と引き下がらなかったのだ。
「タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」
玄関の電気をパチパチとつけながら、彼女は言った。
「は、はい……すみません」
そのまま先生が部屋の奥に入っておくのを呆気に取られて見ていると、はっとして周囲を見渡す。
遂に……先生の部屋に入ってしまった。
色々なドキドキと、べったりと体に貼り付いた濡れた衣服の気持ち悪さが重なって、思考回路が追い付かない。
(どうしてこうなった?)
というか、先生が思ったより近くに住んでいて驚いた。ここからうちまで、バスなら数分、徒歩なら十五分くらいというところだ。
横を見ると、洗濯機と乾燥機が置いてあって、洗剤や柔軟剤などが並べてある。そのすぐ横にはキッチンと冷蔵庫が並んでいて、キッチンの対面にお風呂とトイレがあった。キッチンの向こう側に扉があるので、間取りは一Kだろうか。
その様子を見て、本当にひとり暮らしの女性の部屋に来た事を自覚してしまって、心臓が一気に高鳴った。
(うわ……冷静になって考えてみたら、これやばくないか!? 玄関からして良い匂いしてるし!)
いきなり恥ずかしくなってきて、顔が熱くなるのを感じた。心臓も痛いくらいうるさく鳴っている。
すると、タオルを持った先生が奥の部屋から戻ってきて、そのタオルを俺の頭に被せた。そのまま先生が何故か嬉しそうな顔をして俺の頭をごしごしと拭く。
「あ、あの……」
「なあに?」
「いえ……」
なんだか、凄く子供扱いされている気分だ。いや、むしろペットか? ビショ濡れになっている犬猫を拭いているような感覚。だとしたらショックだな……。
「あ、お風呂はここね。もうお湯沸いてるから」
「いや、でも俺、靴下もびしょびしょなんで、床濡らしちゃいますよ」
「いいよ、そんなの。拭けばいいだけなんだから」
先生が困ったように笑って、上がるように促される。床を濡らしてしまう事に申し訳なさを感じつつも、そのまま脱衣所兼洗面台のある部屋に入った。
「脱いだ服はそこのかごに入れておいてね」
「は、はい」
慣れない状況にドギマギしながら、水を含んで重くなった衣服を脱衣かごに入れて全裸になってから、浴室の折れ戸を開けた。
浴室内は綺麗に整えられていて、水垢ひとつ見当たらない。先生の几帳面な性格がよく表れていた。風呂の中には可愛らしいカエルのキャラが描かれたバスチェアとそれのセットとなっている桶があって、それが先生らしくて思わずくすっと笑みを浮かべてしまった。
とりあえずシャワーを出して、バスチェアに腰掛けてお湯になるのを待った。
(って、待った! これいつも先生が裸で座ってる椅子じゃん!)
その場面を想像して、ぐわっと一気に頭に血が昇った。
いや、椅子だけじゃない。ここは、いつも先生が当たり前のように全裸でいる場所だ。そんな場所に自分も全裸で入ってしまっている。それが信じられない。というか想像したら色々やばい。これはもう間接全裸。いや、間接全裸って何だよ。
「あ、もうお風呂入ったー?」
先生の声が外から聞こえた。
「は、入ってます」
「じゃあ入るね」
「どうぞ……って、はい!?」
待って、入るってどこに? お風呂に!?
いやいやいや、そんなラブコメ展開こんな世界にあるわけないだろう。一緒に住んでいる美少女がバスタオル一枚で主人公がお風呂に入っている場面に背中流しに入ってくるみたいなご都合展開、この世にあるわけがない。あんなのファンタジーだろ!?
俺の困惑を他所に、がちゃっと脱衣所兼洗面所の扉が開く。折れ戸の樹脂ガラスの向こうには、うっすら先生のシルエットが見えた。
「あ、えっと……服、洗濯してから乾燥機かけちゃうから」
「は、はい!」
先生がこちらを見ずに(樹脂ガラスでよく見えないけど多分こっちに顔は向けていない)、脱衣かごの中から俺の服を取り出していた。
あ、ああ、服ね。服を取りにくる為に入ってきたのね。びっくりした……風呂にまで入ってくるのかと思った。それは有り得ないと思っていつつも、既に状況が有り得ないので、もはや何も信用できない。それと、ちょっと期待してる自分もいた。
「ちゃんと温まらなきゃダメだよ?」
先生はそう言って、脱衣所から出て行った。そして、部屋の外からは電子音がしたかと思うと、洗濯機が回り出す音がした。
「あれ……?」
その時、ふと思う。
先生は、今俺の脱いだ服を持って行った。しかもおそらくパンツも。そして、その後聞こえてくる洗濯機の音。
……俺、今着るもの無いんじゃね?
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