第23話 俺、気になります。

 それから俺達は丸一日キャンパス内を歩き回った。

 カリキュラムの合間に、先生は都度おすすめの学食や空いてる時間、空いた講義の時間の潰し方や場所など、在学生ならではの情報を教えてくれた。それはむしろキャンパスの公開授業よりも有意義なもので、大学生の生の声を聞けるのは貴重な体験だった。

 ただ、さっきから少し気になる事がある。


「一応全部見れたけど、どこか気になった学部とかあった?」

「うーん……まだ、何とも。先生が教育学部を選んだのって、やっぱり教師になりたかったから、とかですか?」

「あっ、えっと……」


 先生は一度不安げにきょろきょろしてから、


「特にそこまでは考えてなかったけど、それもいいかなってくらいの感覚だったよ。そこまで意識はしてなかったかな」


 こうして質問に答える。これが結構何回か続いているのだ。

 何か見られてたらまずい事でもあるのだろうか。それとも、俺と一緒にいるのを誰かに見られるのが嫌だったり、とか……?


「あ、先生は学食とかどれくらい使ってますか?」

「あっ……」


 先生はきょろきょろと周囲を気まずそうに見ていた。


「えと、うん、学食は二年になってからはあんまり。お弁当自分で作っちゃってる事が多いかな。でも、一年の時は友達と一緒によく通ってたよ」


 まただ。やっぱり、俺が話しかけて、それに応える前に周りに一度意識を向けてから、質問に答えている。

 俺を見られて困るなら……どうして俺の事、オープンキャンパスに誘ってくれたんだろうか。迷惑なら、無理しなくてもいいのに。


「あの、先生……さっきからどうかしましたか?」


 我慢できなくなって立ち止まって訊くと、彼女も俺の訝しむような視線に気づいたのだろう。ハッとして、首を横に振った。


「あっ、違うのっ。何かあるわけじゃなくて……その、学校で先生って呼ばれるの、少し恥ずかしくて。知り合いとかに聞かれてたら、ちょっとやだなって……それで、周りに誰かいないか気になってただけ」


 ごめんね、と先生は申し訳なさそうに付け足した。

 ああ、なんだ。それできょろきょろ気にしていたのか。そういえば、さっきからきょろきょろしてた時って、俺が『先生』と呼んだ時ばかりだ。

 迂闊だった。俺にとっては先生でも、ここでは先生も学生で、しかも教授や先輩もたくさんいる。その中で先生と呼ばれるのは、確かに恥ずかしいだろう。


「い、いえ! こちらこそ、気が回らなくてすみません!」

「ううん、いいの! こっちこそ、ちゃんと説明してなくてごめんね。やな感じだったよね」


 先生は申し訳なさそうにしているが、俺は内心、ホッとしていた。

 俺と一緒にいるところを見られるのが嫌なのか、見られるとまずい男がいるのかとか、色々考えてしまっていた。でも、それは杞憂だった。それがわかっただけでも嬉しい。


「いっぱい回って疲れたよね。カフェ寄って少し休んでから、帰ろっか」

「はい!」


 先生が困ったように微笑んでいる。その困り顔の微笑みが、俺はただ好きなんだな、と思わされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る