第18話 遠い日の夢
夢を見ていた。それは小さな頃の夢だった。
いや、夢というよりは過去の記憶というべきだろうか。
当時の俺は、今みたいに灰色の世界とは程遠く、活発な少年だった。チャリンコさえあればどこにだって駆け付け、面白い事を探していた。
夏休みのある日だった。その日も俺は多分、ただ暇つぶしで自転車を漕いでいたのだと思う。
桜ヶ丘駅の方まで自転車を走らせていた時、怒声が聞こえてきた。怖い男の声だった。あまりよく覚えていないが、チンピラのような風貌の男が、誰かに怒っていたのだ。
男のズボンには、アイスクリームがべったりとくっついていて、男の前には泣いている女の子がいた。少し俺より体が大きかったから、上の学年の女の子だったように思う。女の子の持っていたアイスクリームが男のズボンにびしゃっとかかってしまったらしい。
どういった経緯でそうなったのかはわからないが、女の子が泣いていて、チンピラみたいな男がその女の子に向かって叱責している。そして、周囲の大人は見てみぬふりをして素通り──当時の俺からすれば、その女の子を助けるのが正義で、チンピラの男は悪だった。今から思えばチンピラにもそれなりの事情はあったのかもしれないけれども、それでも良い大人が子供にアイスを零されたくらいで怒声を発するのは、あまりに大人げないと今でも思う。
ここでかっこよくチンピラ男達を倒せれば俺が完全なるヒーローだったが、当時六歳だか七歳くらいの俺では、到底敵うはずがない。そこで俺は、近くの交番まで行って『女の子が誘拐されそうだ』と嘘を吐いた。
白昼堂々、女の子が誘拐されそうと聞けば、警察も黙っていない。警察官はすぐに一緒に来てくれて、女の子を叱責するチンピラを見るや否や、警察官が詰め寄った。
その隙に──
『こっちだよ!』
『え!?』
『いいから早く!』
黒くて長い髪が印象的な女の子だった。もう顔は覚えていないけれど、可愛い子だ、と俺は瞬時に思った記憶がある。
『で、でも……』
『俺、あの警察官に嘘吐いてんだよ! 君が誘拐されそうって。だから、君が一緒に逃げてくれなかったら俺まで怒られるから、早く!』
『う、うん!』
俺は戸惑う女の子にそうまくしたてて、彼女の手を引いて、その場から逃げた。
俺が吐いた嘘はすぐにバレて、警察官が俺達を怒ろうとしたが、時既に遅し。俺の自転車に女の子を乗せて、一目散に走り出していた。
そこで、目が覚めた。
(……うわ、すっげー懐かしいな)
目覚めた瞬間、苦笑いを浮かべた。
俺、どれだけヒーロー気取りなんだよ。痛々しい……。
ベッド脇に置いてあったスマホを手に取って、時間を確認する。まだ時刻は六時半だった。
(なんだ、まだ寝れるじゃねーか……勿体ない)
俺はスマホを置いて、もう一度タオルケットに身をくるんだ。
それにしても、懐かしい夢を見たものだ。もしかすると、昨日先生を助けたから、その拍子で思い出したのかもしれない。
(あれ……そういえば、あの女の子とはどうなったんだっけか)
確かあれから何回か遊んだ記憶があるのだけれど……その後が覚えていない。知らない間に会わなくなっていたように思う。
(まあいいか……寝よ)
睡魔が再び襲ってきたので、そのままずるりと俺の意識は夢の淵へと溺れて行った。
余談ではあるが、この二度寝によって学校には遅刻した。
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