第17話 送りバント成功って思っていいですか?
先生が首筋を手で隠して、じぃ~っと俺を恨めしげに見つめていた。その手の向こうには、くっきりと唇型の内出血が存在を示している。
元々色白な上に肌が薄いからか、しっかりと痕が残っていた。あまりに綺麗に残っているので、ある意味感動してしまったほどだ。もちろん、そんな事を言おうものなら怒られてしまうのだけれど。
「湊くんの、ばか」
「ごめんなさい」
「もう……次から首はやめてね?」
「でも、先に謝りました」
「そういう問題じゃないのっ」
それでも先生は怒らない。どうして何でも許してくれるのかな。あまりにも怒られないと、もっと調子に乗ってしまいそうなのだけれど……。
でも、首は禁止されてもまたやっちゃいそうだ。だって、先生凄い可愛かったし、あんな声聞いた事なかったし。次やったら今度こそ怒られそうだけど。
「はぁ、どうしよう。今日、羽織るもの持ってきてないし、絆創膏もないのに……」
先生はスマホカバーについたミラーで、自分の首筋を見て、悩ましい顔を作っている。でも、ほんの少しだけ頬が赤い。
「髪、降ろして隠すしかないかなぁ」
「だめです」
先生がポニーテールを解こうとするので、その手を咄嗟に掴んだ。
「え?」
先生はぽかんと惚けたようにこちらを見ていた。
「どうして……?」
「今日の服にポニーテール、すっごい似合ってるから。今日はそのままでいて欲しいです」
「……うん、わかった」
あれ? 予想外に、すんなり納得して頷いてくれた。てっきり俺の抗議なんて虚しく流されると思ったのに。
「でも、さすがにこんなくっきり痕つけたまま電車乗れないよ」
はあ、ともう一度溜め息を吐いて、叱責の視線を送ってくる。その表情も可愛いんだけどな、なんて言ったら怒られるかな。だめだ、先生が怒りそうな事しか思い浮かばない。
結局俺達はそのまま近くのドラッグストアに行って大きめの絆創膏を買ってから(先生は店内で終始首を隠していた)、桜ヶ丘へと戻った。あんな事があっては、今更パンケーキを食べに行こうとは言えなかったからだ。自業自得と言えば自業自得。ちなみに首元に貼られた絆創膏は、如何にもここにキスマークがありますよ、と言いたげで、却って目立ってしまっていた。
桜ヶ丘までの電車の中、どうしてか先生とよく目が合った。いや、俺がただ先生をちらちら見ていただけだからかもしれないけれど……いつも乗る電車なのに、その電車に先生と乗るのが非現実的で、つい本当に居るのかを確認してしまいたくなったのだ。
電車が揺れて、先生と肩や手の甲が触れるだけでどきっとする。
(そういえば……手、繋いだ事ないんだよな)
先生の手をちらりと見て、ふと思う。
さっきは手を繋いだというより、手首らへんを掴んで引っ張っただけだし……手を繋いだとは言えない。
キスはしているのに、ハグだってしているのに、手は繋いだ事が無いなんて……本当に歪な関係だった。
俺と先生の関係って、何なんだろう。
生徒と家庭教師──ではもうないように思うのだ。でも、恋人でも友達でもないは間違いなくて。それが凄く……モヤモヤする。
「あ、湊くん」
桜ヶ丘駅で降りて、駅前の広場で別れようとした時、先生が俺を呼び止めた。
「なんですか?」
「来月、なんだけど……」
「はい」
「うちの大学でオープンキャンパスがあって……もしよかったら、来ない?」
「え!? 先生も来てくれるんですか?」
訊くと、彼女は少しだけ照れたように微笑んで、こくりと頷いた。
「今日、何だか私のせいで変な事になっちゃったし……そのお詫びって事で、案内しようかなって。実際にキャンパス見た方がイメージ湧くと思うし……どう?」
「行きます!」
間髪入れずに俺が答えたので、先生がぷっと噴き出していた。
「うん、わかった。じゃあ、また日程とか送るね。暫く授業ないけど、わからないところとかあったらいつでも連絡くれていいから」
「はい……」
そうだった。これから数週間、先生は大学のテスト期間で、家庭教師の授業はお休みだ。次に会うのは月末になる。その期間は先生と会う理由も口実もなくて、しかも学校の試験もある。憂鬱でしかなかった。
「……わからないところなくても、連絡くれたら、嬉しいけど」
「え?」
「な、なんでもない! なんでもないよ。えっと、それじゃあ、お互いテスト頑張ろうねっ」
俺に訊き返す間を与えず、先生はそのまま「またね」と足早に去っていってしまった。顔が赤かったのは、きっと気のせいではないはずだ。
(えっと……用事なくても連絡していいって事なのかな)
小さな声だったけど、そんなような事を言われた気がする。
これは結構、良い感じじゃないか? オープンキャンパスでも会える事になったし。
「うおっしゃー! 俺イエー! 俺イエー!」
人がたくさんいる駅前広場で、大声で一人ガッツポーズをしてしまった。めちゃくちゃ見られた。
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