第15話 その人、俺の彼女です。
逃げるようにレジに向かったのはいいけれど、タイミングが悪かったのか、レジが長蛇の列と化していた。
溜め息を吐いて、先生に『レジめちゃくちゃ並んでるので少し待ってて下さい』とLIMEを送った。すると、すぐにOKのあざらしスタンプと共に、『別館の方の出口で待ってるね』と返ってきた。
別館……ああ、コミックとか置いてある方か。先生、漫画とか読むのかな。あんまりイメージにないけれど。
この後授業はないし、目的の本買っちゃったから、もう先生にとっては用済みなわけで……この後、解散するだけなのかな。もうちょっと一緒にいたいけれど、どこかご飯だけでも一緒に行けないかなぁ。せめてお茶するぐらいの理由だけでも上手い事結べたらいいのだけれど。
(何か良い案ないかな……)
先生が首を縦に振ってくるれる上手い理由を思案しながら、スマートフォンで新宿の情報を漁った。
結局その後レジで五分ぐらい待たされてしまって、会計を済ませてから慌てて先生の元へと向かう羽目になった。待たされている間に、三丁目方面に新しいパンケーキのお店ができているとの情報を入手したので(グルメナビさんありがとう)、早くそれを彼女に伝えたかったのもある。先生が甘いものを好きかどうかはわからないけれど、きっと女子大生ならパンケーキとかスイーツに飛びついてくるんじゃないかと思ったのだ。勝手な想像やイメージ付けでしかないのだけれど。
この後別館でコミックでも見て、先生の好みの漫画の本なんかは聞いて、こっそりそれも今度買ってみるのも良いかもしれない。
なんだ、一緒にいる時間なんて、何とか繋げられるじゃないか。もちろん、先生に予定がなければ、の話だけれど。
さっきの言い方だと、俺の為にポニーテールにしてきてくれたような言い方だったし……ちょっとだけなら付き合ってくれるよね? いや、本当は彼氏がいてこの後デートの予定だった、とか言われたらもう帰りに中央線のホームにでも飛び込むけども。
そんな事を考えながら、階段を下りて行って、別館の方の出口へと出ると──先生の周りに男が二人いた。
(え、何? 知り合い?)
一気にどす黒い気持ちに覆われてきて、二人のやり取りを遠目から凝視していると……どうも、先生が顔を引き攣らせて、後ろへと一歩、二歩と下がっている。
(……ナンパかよ、糞)
最悪だ。というか、何より俺が最悪だ。あんなに綺麗な先生をこんな新宿で一人にしておいて、何もないと考える方がおかしいのだ。
頭の血管に血が昇っていくのを感じながら、ずいずいと歩を進めていく。すると、彼らの会話が耳に入ってきた。
「あの……だから私、人を待っているだけで、予定があるので」
「ええ、別にいいじゃん。ほら、カラオケ行こ? ダーツでもいいしさ。金なら俺達で持つし」
「そうそう、てか君可愛いからさ、もうほんと何でもしちゃうから、お願い! 行こ!?」
「いえ、本当にそういうの無理なので……」
そんな会話が聞こえてきた。よく見ると、夜職のような雰囲気を纏った男達だった。本屋付近にいる大人しそうな女の人を狙っているのだろうか。
(くそ。何だって、よりによって先生に声を掛けるんだよ。女ならそこらへんにいくらでもいるだろうが!)
そう心の中で愚痴って、彼女の方へと歩み寄る。
怖くないかと言われれば、怖い。足が竦んでしまう。新宿には色々な人間がいるし、中には厄介なのもいる。
それでも……年下で高校生だからって、ここで引き下がっていいわけがない。
そのまま進んで先生の腕を取って──
「すみません、その人、俺の彼女なんですけど、何か用ですか?」
そう言って、彼女の腕を取って、自分の横へと引き寄せた。
先生は驚いたように顔を上げていたけど、お構いなしだ。彼女発言で嫌な思いをさせてしまったら申し訳ないけれど、今は嘘も方便って事で許しておいて欲しい。
夜職風の男達は凄く怖い目つきで俺を舐め回すように見た。
「あ? なんだ、ガキじゃん。弟かと思った」
「ガキはすっこんでろよ」
そして鼻で笑って、そう言う。
イラっとくる。イラっとくるけども、やっぱりそう見えてしまう事にショックも受けていた。
先生はどう反応しているのだろう……?
そう思っていると、先生は俺の後ろに隠れるように半歩ほど下がって、そして俺のシャツの裾を、ちょんと摘まんだ。俯いているから、表情はわからない。
(え、先生……?)
こんな状況だと言うのに、先生がそうしてくれた事に驚きを隠せなかった。
彼女は……俺が言った嘘──即ち、恋人であるという事──に乗ってくれたのである。先生のその仕草を見て、男達は舌打ちをして「ああ、もういいわ、うぜえ」と口々に悪態を吐いて、そそくさと靖国通りの方に向かって行った。
男達が簡単に引き下がってくれた反面、とても情けない気持ちになっていた。彼らは……俺の言葉で引き下がってくれたのではなく、先生の仕草で引き下がってくれたのである。これが意味するとこは、結局俺では、到底彼氏には見えないという事だ。
先生の横に立っていても、何ら価値がない男──それがわかってしまって、無性に腹が立ってきた。
「湊くん、ごめ──きゃっ」
先生が何か言おうと俺の裾から手を離そうとした時、その手を取って、靖国通りとは反対側──即ち、伊勢丹側へと歩き出した。
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