第11話 バニラ味のリップ美味しいです。

「先生、採点をどうぞ」


 俺は先生が来る前に模試の問題用紙をテーブルの前に広げた。ちょっとだけどや顔になっているかもしれない。

 昨日模試を終えてから帰宅して自己採点してみたが、三教科とも七割を超えていたのだ。

 俺の自信満々な様子から色々察したらしい先生が「うぐ」と息を詰まらせていた。でも、それを何とか隠していつものように『先生の顔』を作って椅子に腰かけて、採点を始めた。

 先生が丸をつけていく様子を横で見守る。うん、俺の自己採点と同じだ。

 採点の結果……英語・国語・世界史全て七割超え。国語はギリギリで七割だったが、世界史は八割を超えていた。

 現代文で落としてしまった分を古文と漢文で挽回していたのが救いだ。現代文だけは山の張りようがなく、地力でクリアするしかなかったのだ。結果地力が追い付いていないと、こうして点数が下がる。完全な地力不足は否めないが、これも勉強をサボってきたツケである。これから伸ばす他あるまい。


「えっと……合格、だね」


 先生がやや緊張した笑みを浮かべて、こちらを向き直った。


「して、例のご褒美は……?」

「うん……いいよ」


 彼女は俯いて、こくりと頷いた。顔を赤くしているのを隠す為だろう。


「前みたいに、たくさんしていいですか?」


 心臓をばくばく高鳴らせながらも、勇気を出して訊いてみると、彼女は俯いたまま、こくりと頷いた。

 先生の肩をそっと掴んで、少し引き寄せる。先生は白いワンピースの上から、淡い色のカーディガンを羽織っていた。

 本当はそのカーディガンを引っぺがして、その肩に直接触れてみたい。何なら、その下にあるワンピースの肩紐を下ろして、たわわに実った果実にだって、触れてみたい。

 きっと、こんな欲求を言い始めていたら、キリがない。それに、もし先生が本当に嫌な事でも、こうしてお願いやご褒美で何だって正当化しているとしたら……それは、先生の心を無視している事になるのではないだろうか。彼女の心を無視して、その身体を汚そうとしているのではないか。そんな罪悪感が一瞬芽生えてしまうが、頭を振って掻き消す。

 今は先生がせっかくご褒美としてOKしてくれているのだから。彼女も受け入れてくれるのだから、大丈夫……なはずだ。

 そう思って、そっと顔を近づけていくと、先生は前みたいに、瞳を閉じて、キスしやすいようにあごを少し上げてくれた。

 その瑞々しい唇に、そっと自らの唇を覆いかぶせていく。先生の唇からは、ほんのりとバニラの味と香りがした。バニラのリップをつけているのだろう。


(もしかして、キスする前提でリップしてきてくれたのかな)


 一瞬そんな事を考えてしまうが、それは傲り過ぎだろうか。

 鼻腔が先生の優しい香りで満たされていって、頭がくらくらしてしまう。こんなにも理性を奪ってしまう香りを身に纏っているなんて、先生は本当にずるい。

 何度か唇を合わせてから、前のように唇を舌で割って、彼女の口内に入る。先生の舌と俺の舌が彼女の口の中で絡み合って、それを何度か繰り返した。すると、今度は彼女の舌が俺の中に入ってきて、優しく歯茎を舐めていく。

 歯は磨いてはあるけれど、臭くないかな……そんなどうでもいい考え事をできてしまうあたり、変に冷静だった。

 先生の舌が優しく俺の口内を這って行く。この薄くて柔らかい舌を、どれだけの男が味わったのだろうか。そう思うと、何だか無性に悲しくて、切なくて、今キスをしている男は俺のはずなのに、どうしてか顔もわからないそいつらが、羨ましくて堪らなかった。

 原因はきっと明白で……俺が自分自身を彼女に相応しい男だと思えていないからだ。

 どう考えたって、俺と先生は釣り合っていない。

 先生は美人で、優しくて、綺麗で、それでいて幼さも併せ持っていて、可愛さもある。町で先生を見れば絶対に男は振り返るだろうし、大学でだって同級生だけでなくて先輩からも目をつけられているに決まっている。

 大学の事なんて俺にはわからない。ゼミだとか、サークルだとか、単語は知っているけども、それが何なのかはさっぱりわからない。でも、きっとそういったコミュニティで彼女は注目を浴びている事には違いなくて、何人もの男から言い寄られているのだろう。

 もしかすると、ちゃんと特定の人がいるかもしれない……いや、もしいたら、今しているこれは何なのだろう?

 もう、わけがわからなかった。わけがわからなくて、無性に腹が立ってきて──俺は、口内を這う先生の舌を、吸い出した。


「──んッ」


 先生が驚いたような声を漏らしていたけれど、お構いなしで続けた。彼女の舌を吸い出して、犯すように自らの口内で何度も蹂躙する。

 お互い椅子から身を乗り出して、夢中に口付けていた。互いの熱い吐息が重なりあって、息遣いがどんどん荒くなっていく。どれほどそれを続けたかわからないが、俺達はずっとそれを繰り返していた。

 そして、彼女の柔らかい舌先を俺の舌先で擽るように撫でた時である。先生の体がビクンと震えて小さく喘いだかと思うと、体を強張らせて、ぎゅっと俺の肩を掴んだ。何かに耐えるように、目を瞑って体を小刻みに震わせている。

 一体、どうしたというのだろうか。

 一度唇を離して、先生の顔を覗き込んでみた。


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