一目惚れした家庭教師の女子大生に勉強を頑張ったご褒美にキスをお願いしてみた

九条蓮@カクヨムコン6 CW漫画賞受賞

第1話 ご褒美はキスがいいです。

「あ、みなとくん、今回の模試、結構良い感じじゃない?」


 先生が長い黒髪を耳にかけて、嬉しそうに微笑みかけてきた。俺は思わず心を奪われたように、その笑顔をぽかんと眺めてしまう。

 ぱっちりとした大きな目がキラキラ光っていて、鼻筋もすっきり通っている。控え目な口元が少し口角を上げていて、優しい笑みを象っていた。それに、肌も透き通るように綺麗で、否応なしに視線を奪ってくる胸元の果実。思春期の男子生徒には結構刺激的だった。しかし、無暗に色気を振り撒かず、物腰や声色からも清楚なイメージを損なわない。

 そんな彼女の手元には、昨日行われた模試がある。今はその添削を彼女が行っているのだ。

 彼女の名前は三枝結月さえぐさゆづき。明治中央大学の二年生で、俺の家庭教師だ。


「……多分、今までよりは、大分手応えはあります」


 彼女の微笑みを直視できなくて、視線を卓上カレンダーへと逸らした。カレンダーには、模試の日付に赤色の丸がつけられている。

 俺が楽しみにしているのは、その赤色の丸がついた翌日だ。模試の翌日は、こうして先生が添削に来てくれる。基本的に週一回から二回の授業が、模試のある週だけ一回増えるのだ。俺は、それがただ楽しみだった。


(先生……ほんとに可愛いな)


 彼女の横顔を見て、何度も思った事をまた思ってしまった。

 先生との出会いは、特別なものではなかった。

 高校三年生になって一か月経った五月……親の薦めで家庭教師をつけられ、その家庭教師が彼女・三枝結月だった。ただそれだけである。

 俺の方はと言うと、今までは塾に通っていたが、どうにも講義についていけず、成績が伸びなかった。集団の中にいると、怠けてしまう怠惰な性格故である。親には無駄金を使わせてしまったと申し訳なく思っている。これは嘘ではない。

 先生が家庭教師を務めるようになってから、今日で一か月経つ。先生にとっても俺が初めての家庭教師の生徒で、最初は緊張はしていたようだが、今では普通に話せる程度にはなっていた。

 先生がどうしてこれまで経験のなかった家庭教師を、見ず知らずの高校生の為に引き受けてくれたのか……それは今でもわからない。

 だが、彼女は出来の悪い俺の為に、いつも丁寧に教えてくれた。そんな彼女を見ていると『もっと勉強を頑張りたい』と自然と思うようになり、自発的に勉強に励むようになっていた。

 そして、その結果がようやく出始めたのが、今回の模試だ。いや、実のところ、今回の模試を頑張ったのには他にも大きな理由がある。

 それは──。


「うん、一か月で凄く成績伸びたね! えらいえらい!」


 添削を終えた先生が赤ペンで点数を書き出した。世界史、英語、国語全てが七割を超えていた。

 まだ七割じゃないかと笑うかもしれないが、俺は今まで五割前後を行ったり来たりの点数だったので、たった一か月で七割まで伸ばせたのは大躍進だ。

 そして、その数字を見て、俺は机の下でガッツポーズを作る。


「先生、覚えてますか?」

「え?」

「先々週の授業で、『次の模試で七割超えたらご褒美くれる』って約束しましたよね?」

「うっ……」


 先生が言葉を詰まらせた。

 そう、俺がこの二週間、寝る間も惜しんで模試のテスト範囲をひたすら勉強しまくったのは、この言葉があったからだ。漫画もソシャゲも封印して、教科書と向かい合っていたのもこれが理由だ。人生で初めて勉強を真剣に取り組んだと言っても過言ではない。


「いいけど、あんまりお金かかるのはダメだよ?」


 先生は困ったように笑って、「大学生はいつでも金欠なんだから」と付け加えた。


「あ、えっと。お金はかかりません」

「そうなの? 湊くんは、何がお望みなのかなー?」


 先生が無邪気な笑みを浮かべて、首を傾げている。

 ああ、畜生。こんな無邪気な笑みを浮かべている人に、俺は今からこんなご褒美を要求するのか。もしかして、俺って最低なんじゃないか。

 それでも! この為に頑張ってきたようなものだし、せめてダメ元で……いや、いいのか? やっぱりスタバのフラペチーノ奢りとかって言っておいた方がいいのか? でも、もうお金かからないって言っちゃったし……ええい、儘よ! こんなチャンス二度とないかもしれないんだから、言うだけ言ってみよう。ダメそうな雰囲気なら冗談って笑って誤魔化してしまえばいいのだ。


「えっと……先生と、キスしたいです」


 ああああああ! 言っちゃったよ! こんな童貞臭い事言っちゃったよ! 童貞だけど!

 おそるおそる先生の方を横目で盗み見ると……先生は口をぽかんと開けていた。かと思うと、言葉の意味を理解したのか、みるみるうちにその白い肌を赤く染めて、ばっと顔を伏せた。

 ああ、まずった。完全に終わった。笑い飛ばされるくらいを期待していたのだけれど、先生はその手のタイプの大学生ではなかった。そんな先生だからこそ……俺はこうして、嫌いな勉強を頑張ってしまう程、好きになってしまったのだけれど。


「えっと、その……」


 先生がしどろもどろになって、視線をあちこちに移している。

 これはダメだ。下手をすると家庭教師を辞められてしまう──そう思って、冗談だよ、という言葉が喉元まで出かかった時だった。

 先生は顔を赤らめたまま、上目でこちらを見て、こう言った。


「……うん、わかった。約束、だもんね」

 

 うん、そうだよな。ダメに決まってるよな──って、え?

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