38 クロード様の心配

 なんだろう。急ぎのご用でもあるのだろうか。

 クロード様に呼び止められたわたしはすぐに返事をした。


「時間ですか? はい。あとはもう寝るだけですので、大丈夫ですけど……」

「そうか。では少し話をしたい」

「……はい。かしこまりました」


 そう答えると、レイナさんとウルティコさんはそれぞれの自室に、オリバーさんは紳士用の浴場に行ってしまった。


「ここで立ち話というのもなんだ、移動しよう」

 

 わたしはクロード様のあとについていき、フロアを二階ほど上がる。

 そこは城の最上部。

 オリバーさんに説明してもらったところによると王族たちの住まう階、だった。


 いったいどんなお話があるのだろう。

 クロード様の広い背中を眺めながら廊下を進む。


 しばらく行くと、ロボットの衛兵が左右に佇む大きな扉が見えてきた。


「ここが俺の自室だ」

「えっ?」

「なんだ、何か問題でもあるか?」

「い、いえ……」


 まさかクロード様の私室に案内されるなんて。

 わたしは緊張しつつ、中に入る。


 そこはとても広かった。

 いつもメンテナンスをしている応接室ほどではなかったけれど、体を悠々と動かせるくらいのスペースがある。そして、ここにも大きな窓があった。そこからはきらきらと輝く城下町の夜景が一望できる。


 そばには大きな執務机があり、その奥には小さなティーテーブルと椅子が二脚あった。そしてさらにその奥には、天蓋付きのベッドが――。


「いま給仕ロボットに茶を手配させている。到着するまでそこにかけていてくれ」

「は、はいっ」


 わたしはどきりとして、わずかに飛び上がってしまった。

 恥ずかしい……。なんでこんなに挙動不審になってるのか、自分でもよくわからない。


「どうした?」

「い、いえ……。し、失礼します!」


 わたしはこれ以上変に思われないよう、すぐに席に座った。

 テーブルを挟んだ向かいには、不思議そうなお顔をしているクロード様がいる。

 湯上りのクロード様は軍服ではなく、シャツにスラックスといったラフな格好をされていた。そしてその右腕には新調したばかりのあの義腕が。


 湯あみ中にはさすがに外されていると思うけれど、使い心地はどうなのだろうか。

 体の水滴を拭きとった後にすぐ装着して、接続部分が蒸れたりしてたら……。などと、いろいろ技師として気になるところを考えていると、いつのまにかクロード様に話しかけられていた。


「……ジェラ、アンジェラ!」

「は、はいっ? すみません。ちょっと考え事をしてしまってました……」

「呼びかけても反応がないから心配したぞ。やはり引っ越しと慣れない仕事で疲れたか」

「え、ええ……少し。でも大丈夫です。オリバーさんとはなんとかうまくやっていけそうって、わかりましたし」

「そうか。その件は先ほど、我が弟ステファンから報告があった。あのオリバーと力を合わせられるとはな、幸先の良い話だ」


 そう言って、クロード様はわずかに目を伏せられる。

 どこか寂しそうな雰囲気。どうしてだろう。今のお話はクロード様にとっては嬉しいご報告であったはずなのに。


「あの、クロード様? お話って……そのことですか?」

「あ、ああ。いや……」


 何とも歯切れが悪い。本当にどうされてしまったのだろう。


「クロード様?」

「いや、なんでもない。そちらはいい。そうだ。話、だったな……」

「はい」

「君にいま一度、聞いておきたいと思った」

「……。なにを、ですか?」

「兵器の開発を任せたこと。それを実際どう思っているのかを、だ」


 ゆっくりと青い瞳が上を向き、わたしを射抜く。


「昨日の君は、ウルティコ氏を救いたいあまり、仕方なく俺の頼みを受け入れたようにみえた。だが実際のところはどうだったんだ?」

「どう、とは……」


 わたしはしばらく言葉に詰まる。

 クロード様は、その間もずっとわたしの表情を窺っていた。


「君とオリバーが開発しているのは『兵器』だ。あれは、敵国を殲滅するための武器。再び戦争ともなれば、当然これによって死者も出るだろう。そんな禍々しいものを任せるというのに君は……初め動揺こそしていたが、最終的にはたいした抵抗を示さなかった。それはなぜだ? 本当のところ、君はどう思っていた」

「おそれ、ながら……」


 わたしはひざの上で両手を握りしめると、おずおずと口を開いた。


「わたしは……まだ一人前になっていない見習いの義肢装具士です。そんなわたしが戦争について何かを考えるなんて……おこがましいことです。与えられた仕事を淡々とこなすこと。それが、わたしのできる精一杯の国へのご奉公だと思っています。ですから……」

「それが、君の本心か? 違うだろう」


 深く腰掛けていたクロード様が、ずいと体を前に出してこられる。

 ああ。だめだ。

 やはりこの方には――「気付かれて」……。


「アンジェラ。俺の協力者ならば隠し事などしないでくれ。もう一度聞く。なぜあの時君は、あんなに冷静でいられたんだ?」

「…………じゃない」

「ん?」

「冷静なんかじゃ……ありません。わたしはただずっと、ずっと絶望しきっていただけです」

「絶望?」


 クロード様が息を飲む音が聞こえる。

 そう。絶望。

 わたしは心の奥底の、暗い扉をゆるゆると開けていった。

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