37 大浴場で

 客室のあるフロアから一階ほど下にいくと、すぐに大浴場に到着した。

 入り口は二手に分かれており、紳士用と婦人用とがある。


 わたしはその婦人用と書かれた方に入り、中の脱衣場で服を脱いだ。

 引き戸を開け、浴場に入る。


 むっとした湯気がわたしの全身を包んだ。

 白くかすみ、先がなかなか見えないが、奥から楽しそうな女性たちの話し声が聞こえてくる。


「うふふ。本当に、お変わりないんですね先生は」

「いやいやそれを言うならキミだって……」


 近づいてみると、それはなんと、体を洗っている最中のレイナさんとウルティコさんだった。


「レイナさん! ウルティコさん!」

「あら、アンジェラさん。今お帰りですか?」

「はい、さっきようやく仕事が終わったところなんです」

「いいところに来たなアンジェラ。ボクたちもついさっき仕事を切り上げてきたばかりなんだ」


 わたしは挨拶もそこそこにお二人の隣に座り、持ってきたタオルで石鹸を泡立てはじめる。


「お仕事って……レイナさんはわかりますけど、ウルティコさんもこのお城で何かやられるようになったんですか」

「ただ厄介になっているというのも居心地が悪いのでね。レイナの仕事を手伝うことになったんだよ」

「レイナさんのお仕事って……隣国の呪い、四肢が腐る病の解明でしたよね?」

「ええ、そうですわ」

「もともとあの病はボクが生み出したものだからね……。自分の蒔いた種はきっちり処理するつもりだよ」


 真鍮のたらいになみなみと湯をためると、ウルティコさんはそれを頭からざばっとかける。レイナさんも同じようにして、二人は体の泡をすべて洗い流した。わたしは彼女たちからあわてて顔をそらす。


「ん? どうしたアンジェラ」

「あ、いえ……」


 お二人の裸を見て照れてしまったなんて、口が裂けても言えない。

 誰かとお風呂に入ったのは子どものとき以来だった。


「キミも早く洗い終わって湯船の方に来たまえ。せっかくなんだ、裸の付き合いというものをしようじゃないか」


 ウルティコさんはそう言うと、いきなり浴槽へざぶんと飛び込んだ。

 高くあがる水しぶき。


「先生っ!」


 はしゃぐウルティコさんにレイナさんがさっそく注意する。

 こうして見てるとどっちが年上なんだかわからない。

 わたしも体を洗い終えると、すぐに二人の元に向かった。


「お、来たなアンジェラ!」

「はい。あっ、熱っ! でも……はあ~~~……あ~~~~、生き返る~~~!」

「生き返るだなんて、大げさな……」

「ふふっ、ですわね。でも、たしかにとっても広くてすてきなお風呂ですわ」

「はい~。わたし、湯船につかるの久しぶりです」

「え? そうなんですの?」

「疲れて帰ってくると、いつも用意が大変で。毎日シャワーだけでした」

「ふむ。アンジェラの家の浴槽がまるで使った形跡がなかったのは、そういうわけだったのだな」


 首までお湯に浸かると、体の芯からほぐれていく。

 疲れがじわーっと溶けていって思わず寝そうになってしまった。


「おい、アンジェラ。ここで寝たら溺れるぞ」

「ふあっ、はい。すみません。今日は引っ越しだとか、いろいろあって疲れました……」

「そうだな。だが……」


 寝ぼけ眼のわたしに、ウルティコさんが真面目な顔を向けてくる。


「あらてめて礼を言う、アンジェラ。この度は本当に助かった。ありがとう」

「え……ウルティコさん?」

「わたくしからもお礼を言わさせていただきますわ。アンジェラさん、あなたのおかげで先生とまた会うことができました。いくら感謝しても足りませんわ」

「レイナさん……」


 わたしはじーんとなってお二人の顔をまじまじと見る。

 目の前で寄り添っているお二人はとても幸せそうだった。


「いえ、わたしはわたしのできることをしただけで……」

「何を言う。キミはやはり、ボクの天使様だ。こんなに誰かのために動ける人はいない」

「ええ。そうですわ。あなたが身を挺して救ってくださったおかげで、いまここに先生がいるんです。どうしてそこまで……」


 不思議そうにわたしを見るお二人に、わたしは自分の両親の話をした。


「――わたしは、苦しんでいた両親をどちらも救えませんでした。だから、その代わりじゃないですけど、少しでも自分にできることがあればって、それで義肢装具士になったんです。誰かをこの手で助けたいって思う気持ちは昔からずっと変わっていません」

「そうか……そんなことが……」

「はい」

「済まない。キミのご家族は、ボクのせいで……」

「ウルティコさんのせいじゃ、ありません。病の元凶としてはそうなのかもしれませんけど……でもやはり悪いのは戦争です。そして父さんは……その戦争に負けたんです」


 そう言うと、ウルティコさんは辛そうな表情でつぶやく。


「ボクは……必ず、この病を治す薬を作るよ。それがボクの、薬の開発者としての責任だ」

「責任……」

「失ったものは戻らないけどね。でも、機会が巡ってきたのなら、最大限それを活かしたい。これ以上の犠牲者を増やさないために」

「ウルティコさん……」


 開発者としての責任、か。

 それはきっとわたしも今後担うのだろう。

 あの「兵器」が何をもたらすかはわからない。憎い石炭の国コールランドの人たちをたくさん殺すかもしれない。

 でも、わたしは、わたしの守りたい人たちのためにその最低な行動をとる。


 それが綺麗な世界をわたしに見せてくれると信じているから。



 ◇ ◇ ◇



 程よく温まると、わたしたちはそろって大浴場を出た。

 しかし廊下に出た途端、そこにクロード様が立っていて驚く。


「く、クロード様!」

「なんだ、皆そろって浴場にきていたのか」

「はっ、はい……」


 わたしに視線を向けられていたので、なんとなくわたしが代表して答える形になってしまった。

 クロード様は……その白銅色の髪がわずかに濡れていた。

 クロード様も湯上りだったのか、と思うとなんだかどきどきしてしまう。


「クロード様? わたくしとウルティコ先生で、今日から呪いに対抗する薬の開発をしはじめましたが……それに必要な材料の調達を……」


 レイナさんとウルティコさんがクロード様と仕事の話を始める。

 長くなりそうかなと思ったので、わたしはひっそりとその場を離れることにした。

 先に部屋に戻っていようと踵を返すと、そこにオリバーさんがやってくる。


「あ、オリバーさん!」


 どうやらオリバーさんも入浴しにきたらしい。

 無表情の彼は、仕事場以外で会ったわたしを見てきまずそうにしていた。


「用もないのに話しかけるな……」

「すいません。また明日よろしくお願いいたします!」

「ああ、わかった……」


 不愛想にそう言う彼だが、初めて会ったときよりも少しだけ気を許してもらえてるような気がする。にこにこしていると、突然横から声がかかった。


「アンジェラ」


 見ると、それはクロード様だった。

 視線が合うと、クロード様もなぜか少し気まずそうにされる。


「どうしましたか?」

「あ、いや……」


 皆に注目されている中、クロード様は大きく息を吐いた。


「すまない。この後少し時間があるだろうか」

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