5人の幼馴染
月之影心
第1話「3人が2人」
『幼馴染と遊びに行ってこんな店行ってきたよ。』
Webカメラ越しに彼女はスマホを操作しながら話し始めた。
今、私はパソコンのモニタに映る女性と、いわゆる「オンライン飲み会」をしている。
まぁ私はアルコールの類は一滴も呑めないので、氷をたっぷり入れたアイスティーを飲んでいるのだが。
少し時間が経ってからこちらのスマホにLINEの着信が入る。
どれどれ…とスマホの画面を覗くと、アンティークな雰囲気のお洒落な店内が映っている画像が届いていた。
「へぇ~いい感じだね。」
モニタの向こうでは、ピースをしながらドヤ顔を見せる彼女が居た。
「何で美樹がドヤ顏なん?(笑)」
『いや、何となく(笑)まぁくんはこういうの無いの?』
【こういうの】が何を指しているのか…【お洒落な店】なのか【一緒に遊ぶ相手】なのか、捉えかねてきょとんとしているであろう私の顔がモニタに映っているのを見て、美樹はケタケタと笑っていた。
私が「美樹」と呼んでいるのは、残念ながら彼女では無く、とあるサイトで知り合って仲良くなった女性。
先に言っておくが、決して「出会い系サイト」では無い。
と言いつつ「オフ会」と称して過去に何度か会ってはいるものの、残念ながら逢瀬どころか手すら触れた事は無い。
私が美樹に惹かれた話や、美樹が私と仲良くしてくれている話は本筋では無いので割愛する。
美樹が「まぁくん」と呼ぶのは、勿論私「昌幸」のこと。
問われている内容が曖昧だったので答えあぐねていると、
『まぁくんは一緒にお洒落なお店とか行くような幼馴染って居ないの?』
と、私の疑問符だらけの表情を読み取ってか、国語の教科書に出て来そうな言い回しで再度尋ねてきた。
両方だった。
「幼馴染と呼べるのは5…4人居るけど一緒に出掛けるような幼馴染は今は居ないなぁ。」
美樹は首を左側に傾げ、眉間にわざとらしく皺を寄せて訊いてきた。
『5?4人?ん?どういう事?』
「あ~ごめん…元々で言えば5人なんだけど4人になっちゃったって事。」
美樹の顔がまずい事を聞いてしまったと言うような表情に変わったので、
「もう随分昔の話だし気を遣わなくてもいいよ。」
といつも通りの表情で先に答えておいた。
『うん…でも話したく無ければ話さなくてもいいよ。ただの興味本位だから。』
私は目を瞑って少し考える素振りをしてから、
「いや、何にしても美樹が俺に興味を持ってくれたって事でもあるし、少し聞いて貰えるかな?」
と返した。
美樹はWebカメラを見て、本当に私の顔を見ているような目線で首を縦に振った。
私はパソコンデスクの隅に置いてあったアイスティーを一口飲んだ。
「じゃあまず最初は3人の幼馴染の事から。」
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3人の父親と私の父は、いわゆる「会社の同僚」というやつで、お互い営業成績を競い合う良きライバルだったらしい。
3人の母親と私の母も同じ会社で勤めていたらしく、どちらも社内恋愛からの結婚だったと聞かされている。
私が生まれた時、既にその3人の幼馴染は生を受けていた。
「和江(かずえ)」は一番上のお姉さんでこの時4歳。
「育江(いくえ)」は一つ下の3歳。
末っ子の「篤史(あつし)」は私より3ヶ月ほど先に生まれていた。
正直、小さい頃にこの3人と遊んだ記憶はあまり無い。
両方の親が撮りに撮りまくって所狭しと貼りまくられている古いアルバムを見て、色んな所へ行ってたんだなと思わされるのみである。
3人との記憶が始まるのは、3人の父親が当時の勤務先を退職し、更に転職した企業に私の父を引き込んだ頃からだ。
小学校低学年だった私は、突然学校を転校する事になり、友達と離れ離れになる寂しさでよく泣いていた。
そんな時、3人の両親と3人の幼馴染が訪ねて来てくれた。
和江と育江は私の4つ下の妹と一緒にままごとをしていたようだった。
私は同い年の篤史と外で遊んだり家に帰ってきてテレビゲームを楽しんだりしていた。
同じ県内ではあったが、お互いの家は車で30分以上掛かるほど離れていたので、そう頻繁に会う事は無かった。
それでも、父や母から「今度の日曜日にかずちゃんたち遊びに来るって」とか「次の休みはあっちゃんとこに行こうか」とか言われると、妹と大声を上げて喜んでいたものだ。
それでもやはり小学校や中学校ではそれぞれの学校で別々の友達が出来て、篤史たちと遊ぶ機会は年々少なくなっていった。
3人の幼馴染と私と妹の5人が揃ったのは、私が高校1年の時。
この時以降、5人が揃う事は無くなった。
時は流れて、私は県外の大学へ進学する事になった。
母から、和江は専門学校を卒業して保険会社に事務として就職した事、育江も和江と同じ専門学校に通っている事、篤史は県内の大学に進学する事を聞かされていたが、最後に会って3年近く経っているので特に感慨も無く「そっか」とだけ返していた。
大学に入り県外での一人暮らしが始まると、早々に私はバイトに明け暮れた。
生活費は親からの仕送りで十分足りていたが、それ以外で欲しいものは自分で稼いだ金で買おうと思っていたからだ。
その事を親にも話すと、父は「考えあっての事なら好きにしろ」と言い、母は「何でもいいから食事と睡眠時間だけは確保しろ」と、比較的自由にさせて貰っていた。
アルバイトはガソリンスタンドと喫茶店を掛け持ちでやっていた。
特にガソリンスタンドは当時にしては時給も良く、また他のスタッフやアルバイトの先輩もいい人ばかりだったのでついこちらも張り切ってしまい、今では違法だと騒がれるくらいの長時間且つ無休労働を続けていた。
しかし、いくら20歳前後の若い体だとしてもさすがに1ヶ月以上休み無しで働くと色々疲れてくる。
顔色の悪さを察した先輩に強制的に休暇を取らされ、普段はシャワーを浴びて寝る為だけに帰るアパートの部屋で丸一日寝続ける事になった。
夢も見ない程の深い眠りは、遠くの方から聞こえる電子音で中断させられた。
夢なのか現実なのか区別の付かない所から、かなり長い間鳴り続けていたように思う。
「電話だ…出なきゃ…」
重たい体をベッドに横たえたまま手を伸ばし、受話器を持ち上げて耳に当てる。
「もしm…『やっと出てくれた…昌幸?大丈夫?』
母からだった。
「あぁ…ちょっと寝てただけだから…どうしたの?」
『あのね…』
いつもの冷静な母ではあったが、いつになく声が重たい。
『あっちゃん…亡くなったの…』
あっちゃん…?亡く…え?
母が誰の事を言っているのか理解出来無いで居た。
受話器を耳に当てたまま暫くそのままの状態で頭の中を整理していた。
『父さんの友達のとこのあっちゃん…分かる?あんたの幼馴染のあっちゃんだよ?』
あっちゃん…幼馴染の…あっちゃ…ん…亡くな…った…?
「え…?」
私の一言で母は一気に喋りだした。
『バイトの帰りにバイト先の人の車で送って貰ってる途中で居眠り運転のトラックに突っ込まれて…乗ってた人全員即死だって…それで昌幸に連絡してたけどいくら連絡しても電話出ないから父さんも母さんも心配で心配で!』
最後は私に連絡が付かなかった事への怒りか、それとも私が無事だった事への安堵か、いずれにせよ、小さかった頃よく母に怒られていた頃が思い出されるような大声に変わっていた。
『昌幸か…元気か?』
電話は父に代わっていた。
父の声を聞き、数多くは無くとも5人で楽しく遊んだ事が少しずつ鮮明に思い出されてくると、鼻の奥にツンとした違和感が走り、一気に目の前が涙で歪んだ。
「あ…あっちゃ…ん…の…葬式に…いっ…行かなきゃ…」
しゃくり上げながら何とかそれだけ伝えたが、父はそれを押し留めた。
『葬式はもう終わったよ。あっちゃん亡くなったのは先週だから。』
私はそのまま固まっていた。
目は開いているが何も見えていなかった。
真っ暗になった視界が涙で揺らめいていただけだった。
私は、あっちゃんが亡くなった時、ただバイトに明け暮れていただけだった。
親が連絡すら取れないくらい、ただただバイトに明け暮れていた。
「後悔」
それだけが脳内に敷き詰められた。
私は喉が千切れるかと思う程大声を上げて泣いた。
電話の向こう側から父の声が聞こえたのはどれくらいの時間が経ってからだろうか。
『今はこっちに帰って来るな。小山(3人の幼馴染の苗字)のおっちゃんもおばちゃんも、昌幸を見たらあっちゃんの事を思い出して辛くなるだろうから。お前も辛いだろうけど、あっち(小山家)が落ち着くまでは顔を出さないようにな。』
父は私が泣き止むまで無言で待っていてくれた。
私は小さく「分かった」とだけ言って電話を切った。
結局、私が篤史の家へ訪れるようになったのは、大学を卒業して地元に戻った4年後の事だった。
篤史の家を久し振りに訪ねた時の、残った2人の幼馴染やその両親が私に見せた、懐かしむような、少し寂しそうな顔は一生忘れない。
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