第8話『絶望と言うなの報酬と新たなる旅立ち』
◇◇◇
核戦争である、或いはハルマゲドン?それともポストアポカリプスだった。
要は私の精神が狂ってぶっ壊れそうって事。
ウソだろ?。ウソだと言ってくれ神様。
思わずそんな事を考えてしまう、しかし現実は残酷だ。
圧倒的なリアルを持って、ドアの先には現実が広がっているのだろう。
異世界を渡った自分でも、未だに到達不可能な領域。本物の異世界が、このドアの先にはあるのだ。
童貞故にネット画像止まりの私のリアルを思い知らされる。
つまりこの部屋でマーブルちゃんは名も知らぬモブ男とアハーーンでイヤーーンな事をしているのだ。
正に異世界と呼んで差し支えない、ルールすら知れぬ未開の領域である。
………死にたくなった。何がお父さんと呼ぶことになるかもだよ。どアホが死ねよ。
マーブルちゃんの愛らしくも女性らしい声が知らない馬鹿野郎の名前を呼ぶ、名も顔も知らない馬鹿野郎モブがマーブルちゃんの名前を呼ぶ。
「……………………」
ダメだ、このままここにいたら心が破壊されてしまう。
コレが……現実か。
冷静になり、考えみると………とても当たり前だよなっと気がついた。
気が付かないふりをしてきただけなんだよ、私は……。
このドアの向こうでマーブルちゃんとアフーーンでラメェーーンな事をしてるのは、あの茶髪のイケメンだろうな。
本当は最初からアレッ?って思ってたんだよ、実の父親の心配はしてないって言ってたけど誰かを本気で心配していた時や、帰って来た冒険者を迎えに来た時に親父さんとの話の最中に視線を彼に向けていたしさ。
本当は、全部分かってた。もしかして…っえ?って思ってたんだよ……。
けど、気づかないふりをしてイヤな予感とかも知らないふりをしてこんな所までノコノコと来た私だ。
リエリとユーリが変に気を使ってくれるまでもない、本当はそんな可能性が…超高いって分かってたんだよ。
………人間って生き物は自身の生命の危機の時に子孫を、その命を繋げようと本能が覚醒する生き物だ。
山賊に人質にされて生命の危機にさらされて生物の本能が覚醒したイケメンと、イケメンの危機に同じく生物の本能が覚醒したマーブルちゃん。
そして若さも溢れる二人がマッチングしたのなら最早誰にも止められない、再開したその日に事に至るのも至極当然である。
何より……おっさんに指し示された現実がもう1つある。
可愛い美少女も美しい美女も……。
魔法で無双して俺ツエェする四十路の冴えないおっさんよりも……。
山賊に喧嘩を売って、返り討ちされて、人質にまでされても……若くてイケメンな男子を当たり前の様に選ぶと言う……。
その!圧倒的な!当たり前な!そんな事を、改めて思い知らされ、そして……認めるしかない無力な中年野郎が1人、呆然としていた。
認めるしかない。やはり私は全然モテない事を。
異世界ラノベの設定とかで人の醜美の感覚がトチ狂ってるってのがあるけど、そんなのがないとメインヒロインとか無理であると……。
「…………………ツラいなぁ~」
ドアの向こうには絶対に聞こえない程にか細い声で私は口を開き……。
そして決意する。
「もう、この町には……居られないな」
何故かって?それは私が魔法を使えるおっさんだからだ。
魔法使いだからだ。
高齢童貞だし丁度いい称号だ、これからは魔法使いと名乗るのも悪くないな。
話がそれた、例えば魔法が使えるって話で少し人道から外れるタイプの魔法って言うと何があると思う?。
例えば。人を洗脳する魔法。人の心を操る魔法。人の記憶を自由に出来る魔法……とかが思い浮かばないだろうか?。
はいっ私のインストールされた知識によると、私はそれらの魔法が全て使えます。
マーブルちゃんを洗脳すればドアの向こうに入っていってマーブルちゃんをモブ男子から寝取る事も簡単だ。
心を操れるのならマーブルちゃんの私への好感度を最高に、モブ男子の好感度を最低にすればより自然な形でマーブルちゃんをゲット出来る。
記憶を操ってモブ男子との思い出を全ておっさんに書き換えて、モブ男子の記憶を消せばほぼ確実にマーブルちゃんを我が物に出来るだろう。
そんな下劣な真似が容易く出来てしまえるのが今の私と言う魔法使いなのだ。
当たり前だがそんな真似をする気など毛頭ないが。
………しかしである。私はとても弱い人間だ。そして妄想癖があるアホな三十路過ぎの中年だ。
そんな私は耐えられるだろうか?、後日このリベロの町で視界に入ったマーブルちゃんがモブ男子と仲良く歩き、手を……恋人繋ぎとかしていたのを目にしてしまったりしたら!。
果たして私は……耐えられるのか?。
私のミジンコ程の良心に期待するのは愚かな選択だ、そんな低い可能性に懸けるくらいなら、彼女達の幸せを祝福出来ない人間が、この町を去るしかないよな。
だってマーブルちゃんとイケメンの幸せを祝福するとか絶対に……絶対にぃっ!出来んからだ!。
「…………………………………………………………………………………………お幸せに、マーブルさん」
………モブ男子には絶対にしない。
(ユーリ、ご主人様から溢れる程の複雑な思念が伝わって来るんですけど……)
(……リエリ。きっとご主人様はこの部屋の中にいる者達にしっ……し、祝福を、しているんですよ)
(……祝福?ですか?)
私はそのまま宿屋を後にした。私の頬に一筋の涙が流れた。
◇◇◇
酒場に戻った私はマーブルちゃんは暫く戻れない事を伝えようとしたが、親父さんも酒場で飲んでいた殆どのお客さんも酔いつぶれていた。
私はそんな連中を見ながら1人、酒を飲みながら内心愚痴りまくる。
……そうさ、元々マーブルちゃんなんてこんな田舎の、イモ臭い小娘なんだよ。ちょっと胸が大きくて顔が可愛いからって直ぐにイケメンに食いつく面食いなお子様さ。
アレッ?それなら彼女の顔とスタイルに一目惚れした私は………フフフッそれがリアルだよな。
そもそもアレだ、私のメインヒロインに選ばれるのなら守られるべき鉄則が1つある。
それはその女性が処女である事だ。
何でか?それは高齢童貞にしか分からない極めて神聖で崇高な理由がどこかにあるんだよ。
どうか理解してほしい。お願いします。
付き合い、結婚し、末永く共に歩む人生の伴侶は。若く綺麗でスタイル抜群の性格も最高な……じゃない。
清らかでピュアな女性こそが、我が人生のメインヒロインに相応しいと考えるのだ。
………そんな事ばっか考えてるから独り身なんだよ。
ふと、今何か不穏な思考が頭をよぎったが気にしないぞ私は。気にしないったら気にしない!。
まぁ町の酒場の娘なんて、ハーレム要員としても力不足感は否めないし、ファンタジーな異世界なら大貴族の令嬢とか王女様とかエルフの美女とかもきっといるに違いない。
そんなハイファンタジーなメインヒロイン候補との出会いが中年魔法使いを待っているのだ、こんな冒険の序盤に出会うマーブルちゃんなんて。
マーブルちゃんなんて……。
「………マーブルちゃん。可愛いよなぁ、そりゃあ彼氏くらいいるわなぁ~……」
そりゃあ処女じゃないわな。
あんなの前の世界でのモデルとかアイドルとかなんて相手にもならないレベルの美少女だもん。
どうして私はちょっと魔法で俺ツエェして親父さんを助けたくらいでそんな美少女のハートをゲット出来るだなんて思ったんだろう?。
童貞を拗らせた故の妄想癖からか?それとも元々そういった狂いに狂った思考回路の持ち主だったと言うことか?サイコパスな自覚とか無いつもりだったんだけどなぁ~。
そんな風に自分を自分で傷つける様な考えに思いを巡らせていた時である。
「……どうしたんだ?アオノ、お前が黄昏てるなんて珍しいな」
スキンヘッドだ。強面のスキンヘッドが現れたぞ、てっきりみんな酔いつぶれてると思ってたから変な事を口走っていたぞ、はずいな。
「こんばんわガイスさん、貴方は飲んでいないんですか?」
努めて冷静にしなければ。
「よりによってギルマスまで飲みやがってなぁ、全員が酔いつぶれる訳にもいかねぇだろ?俺は貧乏くじ引いて我慢って訳だ」
「……そうですか」
「しかし、まさか本当に山賊を全員お縄にしちまうなんてな、正直俺は驚いたぜ?」
そう言えば私が山賊退治を引き受けた時、随分すんなり受け入れたよなこのスキンヘッド。
てっきり私の隠してる実力的なものを感じ取っての反応かと思ったんだけど違うのか?。
聞いてみるか。
「……それならどうして山賊退治を引き受けるのを止めなかったんですか?駆け出しの冒険者がやられたなら普通はもっと上のランクの冒険者に向かわせるとか、冒険者ギルドならするんでしょうか?」
「……ん?冒険者のランクってなんだ?お前が前にいた冒険者ギルドにはそんなのがあったのか?」
なんかついでの話に食いついて来たな。
「……ランクとは、冒険者の格付けというか、等級と言うか……そんなのをつけた方がギルドの依頼も消化しやすいのでは?上級冒険者とか下級冒険者っていった感じで…」
ゲームやラノベなら冒険者のランク付けとかテンプレであるじゃん。前の世界でも資格には級とか葮があったし。
しかし私の話を聞いたスキンヘッドは半笑いで答える。
「……アオノ、お前なぁ。冒険者の全てがそうとは言わないが。大半は荒くれ者やゴロツキだぜ?そんなのにギルドが上下をつけてみろ?絶対にいらない軋轢が冒険者同士で生まれる。冒険者ギルドは冒険者に仕事を回して、その仲介料を取れればそれでいいって組織だ。そんな面倒臭い真似をそもそもする訳がないだろう?」
「………なるほど。そうですか」
確かに。ゲームやラノベのイメージがあって、それが当たり前かと勘違いしてたが、少し考えると人を管理する気も守る気もない組織に勝手な評価で上級だの下級だの言われればゴロツキじゃなくてもいい気はしないか。
これはあれだ。この世界では本当に冒険者って連中はほっとけば勝手に増えるから一々管理する必要もないとか考えられてるか、冒険者の命が余程の事軽く見られてるって事に他ならない。
じゃなければここまで適当な組織が出来上がるもんかね?ブラック企業なんてレベルじゃないな、私も他に安定してお金を稼げる再就職先を考えておく必要があるかもしれない。
異世界を渡り歩きながら出来る仕事?行商人くらいしか思い浮かばない私だ。
「……ああっそれとアオノに山賊退治を任せたのはなこれはギルマスが言っていた事なんだが、実はギルマスはお前が冒険者ギルドに初めて来た時に、お前が魔法使いじゃないかって話をしたんだよ」
……え?実力を隠して影の実力者を気取っていた異世界初日の私はギルマスに初日に見透かされていたのか?。
ギルマス、パッと見普通の白髪のジー様といった印象しかなかったけど、実は人を見る目が確かな御仁とか?。
「へぇっどんな話をしたんですか?…」
「さっき冒険者に等級とかないって話をしたが、実力の有無は当然あるよな?魔法使いはそれを見抜く方法があるのさ」
マジで?私は魔力の多い少ないくらいしか判断基準がないから是非とも知りたいんだけど。
「実力のない魔法使いは魔力が少ない、実力のある魔法使いは魔力が多い……」
……ってそれ私の判断基準そのまんまじゃん!。
「そして凄腕の魔法使いは自身の魔力を高等魔法で完璧に偽装する術を持ったヤツだって話だ」
「…………なるほど、そう言うものなんですねぇ」
「ギルマス曰く、お前が自分に掛けてる魔法は相当な使い手じゃないと魔法が発動している事にも気づかないレベルで、その魔法は魔力の隠蔽も不自然をじゃない感じで行う魔法だって話をしてたぜ?どんな魔法かはワシも分からんってな。まぁ冒険者に手の内を聞くのはマナー違反だから俺も聞かないが……」
「ありがとうございます。それが私も助かりますね」
そんな情報で見た目冴えないおっさんが魔法使いだと見抜くと言うのはあのジー様、見かけによらず凄くないか?。
しかしなるほど、その話を真に受けたスキンヘッドだから、私が山賊退治をする時も物分かりが良かったって訳だ。
「……それとギルマスが山賊退治に失敗した時は少し大袈裟に騒げばお前が動くかもしれないから深刻な感じでいろって言われたりもしたんだぜ?」
「……………」
確かあのギルマスのジー様、山賊退治に失敗した冒険者にやたら大きな声を出して狼狽えていたけど……え?。
……これって私、完全に手のひらの上で踊り狂わされていたんじゃね?。
こんな田舎の小さな冒険者ギルドのジジイに?。
「ん?もう帰るか?アオノ」
「はいっ少し飲み過ぎましたから……」
………嘘だよ。もう今から出るわこんな町。
私は冒険者ギルドから出ると大急ぎで食料やら水やらを買い込んでから町の出入口に歩き出した。
……あっ水とか魔法で出せたのに、何をやってんだ私は。
魔法で酔いも覚ましておこう。
リベロの町は田舎の町だ。ファンタジーにありがちな出入口に大きな門とかない。
しかし夜の見張りとかは流石にいるので異空法衣の魔法で姿を消して見張りを通過する。
リベロの町を出て少し歩くと、様々な思いが私の心の中に溢れる。
マーブルちゃんと言う美少女には相手にもされないし、タダ同然で山賊退治とかしちゃうし、ギルマスの糞ジジイには踊らされるし……。
本当にもう……異世界に来て、最初に来た町でここまで言い様にこき使われる異世界転生者も珍しいのではないかな?。
偽らざる本音は1つ。こんな町、二度と来ない。
それだけだ。
「………行くか、次の街へ」
一応次に行く街はガイドブックで調べて目星くらいつけてあったのだ。グッジョブ私。
何でも南に向かって三日ほど歩くと港町があるんだとか、名前はナトリスだ。
道中のお困り事については……大半は魔法で何とでも出来るとだけ言っておこう。
次こそは真のメインヒロイン候補との出会いを夢見て、私は夜の空をトコトコと歩いて行くのだった(お酒を飲んで心が多少回復した様だ)。
昼に寝ていて良かったわぁ~。
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