【天国】のはなし

花宮

【1】

 僕は今日も町はずれの丘に登って、遠くの空にぷかぷかと浮かぶ大きな島を眺めていた。ここから見ると小さな浮島だけど、実はけっこうな広さがある。

 あの島の名を、『天国』と言う。あの島には『神様』がいて、『使徒』がいる。

 彼らは僕らを監視し、支配している。

 『神様』はルールを作り、『使徒』はそのルールに違反するヒトがいないかを常に見張っている。

 ルール違反を犯したヒトのもとには、ほどなくして『使徒』が二人してやってくる。『使徒』はいつも二人一組だ。別に真っ白な羽根なんか生やしていないし、外見は僕らと同じヒトにしか見えない。ただヒトのように美醜入り乱れてはいなくて、『使徒』はみんな一様に美しい。

 『使徒』は、ヒトを罰する。

 罰はいろいろとあるけれど、いちばん重いのは『死刑』、つまりは『魂の輪廻』から外されることだ。

 『死刑』に処されると、その魂はもう二度と生まれることが出来ない。

 ヒトとしてはもちろん、鳥としても、けものとしても、植物としても。完全に、イノチとして消滅することになる。

 それは、『地獄行き』よりも辛い。

 『地獄行き』にはまだ、ほんの少しだけれど光がある。だって魂が残っているから。ある日、『神様』の気まぐれで魂が救い上げられることもあるから。

 『死刑』になって魂そのものが消えてしまえば、『神様』の気まぐれを受けることも出来ない。もう二度と、生まれることは出来ない。

 もっとも、それを悲しむこともないだろうけど。

 だってそれを悲しむための心すら、失われるのだ。心は常に、魂と寄り添って存在している。

 こんなこと、多くのヒトは知らないし、多くのヒトにはあの島の影すら見えない。

 正確に言うと、知っているけど覚えていないし、見えているけど知覚しない。正しく生まれてきたヒトはそういうふうに作られている。

 だけれど僕は世界の仕組みを知っているし、あの島の姿も見える。

 僕以外にも世界の仕組みを知っているヒトはいるし、あの島を眺めてそのヒトたちも何か考えているかもしれない。

 世界の仕組みを知っていることも、あの島の姿が見えることも、僕が『テスト生』であることを示していた。

 今、僕は、『ヒトとして生まれる資格』があるかどうか、『神様』による最終的なテストを受けているってわけ。

 そのテストの間、僕たちはこの世界の仕組みに関する知識を持ち、あの島の姿を眺めながら、この世界で過ごす。魂に寄り添う心の中で、さまざまな思いや葛藤と戦いながら。その思いや葛藤との戦いに勝利を収め続ければ、僕たちは次こそ正しく、この世界に生まれてくることが出来る。

 今度は何も覚えていない、まっさらな、無垢の魂として。

 僕は、『神様』が嫌いだ。『使徒』も嫌いだ。『天国』なんて大嫌いだ。

 どうして彼らは、残酷で冷たい存在なのだろう。

 『神様』は、いったいなにものに作られたんだろう。『神様』をつくったなにものかは、きっと、魂を持たない冷たい存在なんだ。そんな存在に作られたから『神様』は残酷で冷たく、その『神様』によって作られた『使徒』も、残酷で冷たい。『天国』は美しい大都市だけれど、そこにぬくもりは存在しない。

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