第73話 階段を上がる足音

 真夜中に圭太の車で圭が帰ってきて、入れ替わりに恵が帰って行くのを圭司は二階から見ていた。どうも圭と圭太のハグが気に触るが、父親ヅラして出しゃばるのもあちらこちらから不評を買いそうで、ここはジッと我慢しようと思った。

 しばらくして、トントントンと階段を上ってくる足音がする。圭が上がってきたのだろうと待っていると、ノックの音がして「入っていい?」とステラの声がして、一人で入ってきた。

「あれ? 圭は?」

「シャワーを浴びてくるって」

 そう言ってステラは圭の椅子に座った。そして、

「ねえ、お葬式で何かあった?」

と言いながらジッと見ている。いろいろなことを見透かされているようで圭司はドキッとした。今日のことを話してしまったら、ステラはどんな反応をするのだろうか。もう十七年前の、人には言いにくい恥ずかしい話だ。

「何で?」

 横浜へ帰ってくる電車の中で、ステラに話すべきかどうか迷っていた。女将さんから聞いた話の真相を確かめるためには、明日からどうしてもやらなければならないことがある。ここまでいろんなことで協力してもらった彼女に、何も話さないで行動を起こす——。本当にそれでいいのか。だが、流石に。

「顔色が悪いよ。なんか元気ないなって思って」

 ——何か感じてるんだろうか

「そ、そう? まあ、世話になった人の葬式だったからね」

「そうよね」と言い、ステラはおもむろにスマホを取り出した。

「そういえばね、例の話ね」

 思わず動揺して生唾を飲んでしまった。「例の」って——

「例の? どの例の?」

 圭司がそう聞くと、不思議そうな顔でステラが覗き込んだ。

「もちろん、十二月八日のニューヨークの地下鉄の話よ? 他に何かあるの?」

「ああ、そうだ。うん、例の、ね」

 問うに落ちず、語るに落ちる。人間は愚かだ。いや、俺が愚かか。だが、訝しげな顔をしてはいたが、再びステラは話を続けた。

「あれからネットで色々調べてたの。あの事故で、日本人の若い女性が亡くなってるみたいなのよ」

「へえ、知らなかったな。向こうではそのことはあまり報道されてなかったような気がする」先ほどの動揺を悟られないように話を合わせた。

「まあね。日本でも、それがはっきりしたのが二、三日後だったみたいだから、あまり大きな記事としては報道はされなかったみたいなの」

「他に起きた事件との関係で、小さくしか報道されないこともあるんだよな。まあ、どっちみち俺はアメリカにいたからなあ」

 何の用事で行ったのかは知らないが、ニューヨークまで行って不慮の事故で命を落とすなんて、なんて悲しい人生なんだろう。海外まで行けてるぐらいだから決してつまらない生活をしてたわけじゃないだろうに神様も無慈悲なことを。

「まさかとは思うけど、その女の人が圭のママだった、なんてこと——」とステラは口にしたが、「でも、たまたま同じ頃に日本人の女性がニューヨークで亡くなったからって、偶然にしてもさすがにありえないね」と苦笑いをして自分から打ち消した。


「そういえばね。さっきフーミンから圭司の小さい頃の写真を見せてもらったんだけど——」

 一瞬黙り込んだ二人の間を嫌ったのか、フッとステラが話題を変えた。だが、そこまで言って何か言いたげに黙った。

「だけど?」圭司が返事をしても、ステラはしばらく何か考えていた。そして、おもむろに口を開いた。

「ねえ圭司。圭と初めて会った頃のこと覚えてる?」

「ああ、もちろん。多分一生忘れないよ。それが?」

「あの時私が言ったよね。圭司と圭が似てるって」

 確かにステラがそう言った。覚えてるよ。

「そうだったかな。言葉までは覚えてないけど」

 ——ごめん嘘だ。本当は、はっきりと覚えている。

 ステラは所在なげに視線を逸らした。何か言いたいことが——

 そうしてしばらく黙っていた。きっとステラは俺に聞きたいことが、薄々と感じていたことがあるのかもしれない。ひょっとしたら、ずっと前から。そして俺も、ずっとその話題になるのを何処か遠ざけてた気がする。


「子供の頃の顔ってコロコロ変わるよね」ステラが突然言い出した。「横顔とか笑い顔とかパパに似たり、ママに似たり、それが写真に写ってると特に。私ってパパに似てるんだって」

「じゃあ、ステラのパパはきっとハンサムだな」

「うん。だからモテすぎて私やママよりも他の女の人を選ぶような、だらしない人だったらしいけどね」俯いてぼそりとステラが言った。

「あっ、知らないで変なこと言ってごめん」慌てて圭司は謝った。

「もう何ともないから。大丈夫」

 そう言ってステラは顔を上げて圭司をみた。

「今はそうでもないのに、圭司の小さい頃の写真の顔が、やっぱり出会った頃の圭に似てるなあって。」

 恥ずかしそうに笑っているステラの目を、なぜか圭司はまともに見ることができなかった。自分は別のことを考えていたはずなのに、だ。

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