第33話 待ってる

 帰りは夜中になることを圭司は電話でステラに告げた。

「何か進展はあったの?」

 そう言うステラに、

「両親を探すということに関してなら、結局、具体的には何もわからないという進展はあったかな」

と圭司は答えた。

「そう……」

 ステラの残念そうな声。

 実際、圭の両親を探すということに関しては手掛かりと言えるほどのものはなかったのは確かだ。サスペンダー氏から聞いた話は、結局は今現在でもわかっている圭の年齢とストロベリーハウスへ預けられた日、だから新たにわかったのが、誰が施設まで連れてきて預けたのかということぐらいか。

 ただ、漠然とだがわかったこともある。ひとつには、圭は日本から連れて来たと母親が言っていたということだ。すでに認知症が始まって言われたサスペンダー氏のこのときの記憶が確かなら、これでほぼ圭は日本で生まれた子ども、つまり日本人だと言っていいのだろう。

 それからもうひとつは、圭がどういう状況で預けられたのかがわかったことだ。実はこのとき圭司は大事なことに気がついていなかった。圭という少女が小さい頃からずっと抱えていた心の問題がひとつ解けていたのだ。だが、圭司がそれを知るのはもっとずっと後のことだった。


 もう随分夜中になっていた。マサチューセッツ州のボストンからニューヨークまで約4時間、圭はいろいろあって疲れたのか、助手席の窓にもたれかかるようにして、だんだんと近づいてくるニューヨークの夜景を眠たそうな目で眺めながら小さく口笛を吹き出した。物悲しそうな切ない音色。

 ——ストレンジャーか。

 ビリージョエルはこの曲で、人は二つの顔を持っていると歌った。本当にサスペンダー氏は認知症が進んでいたのだろうか、それとも追い出されたストロベリーハウスの記憶を自ら閉ざしてしまっているのか。彼が語ったことを圭はどう受け取ったのだろうか。そんなことを考えながら、圭司は黙って圭の口笛を聴いていた。



 帰る前に電話したとき、ステラが店に寄ってくれと言っていたので、自宅へは帰らずに車は店へ向かう。黙り込んだと思っていたが、いつの間にか圭は眠っているようだ。

 車が店に着いたのは、もう日が変わろうかという時刻だった。店は仄暗く、ひょっとしたらステラも待ちきれずに帰ったのかと思いながら、圭を抱き抱えたままドアに鍵を差し込むと意に反して鍵は空回りした。

 ——開いてるのか? 泥棒じゃないよな……

 そんなことを思いながらドアをそっと開けると、パッと店内のカウンターの上にある明かりがついた。厨房の近くのスイッチを入れたのだろう、カウンターの中からステラが出てきた。

「ステラ、こんな遅くまでどうして……」

「圭司、今日は何の日?」と、ステラがいう。

「ええっと」と声に出しながら考えてみるより先に、

「私がこの店に初めて来た日なんだよ」とステラが笑っている。

 つと視線を壁のカレンダーに向ける。

 ——そうか、9月20日か。

 店のオープンはその翌日の21日だった——

 そうだ、そうだ。その前日にステラから声を掛けられたんだった。明日は開店三周年だ。

「というわけで、こちらへどうぞ」とステラに促され、圭を抱いたまま店の奥のテーブルへ案内されると、美味しそうな料理が並べてある。

「1人で準備したのか。こんな大事な日、言ってくれれば俺もやったのに」

 そうステラに言うと、彼女は首を横に振り、「今日はこの子のことが一番だったから仕方ないのよ」とにこりと笑ってくれた。


 圭を長椅子に寝かせ、ステラと2人テーブルにつきグラスにビールを注いで乾杯をする。

「君にはとても感謝してるよ。いつもありがとう」というと、ステラがちょっと照れたような顔をした。

 実際、特に圭を引き取ってから、ステラにはどれだけ言葉にしてもしきれないほど助けてもらった。突然真夜中に圭が初潮が始まったときには——あれは里親として認められた日だった——ジーンズが血だらけになった圭をステラが優しく寄り添って見てくれたし、彼女がいなければ男ひとりで右往左往するしかなかった夜を思い出していた。

 ステラは自分も一緒にボストンに行きたかっただろうに。そう思えば思うほど、ささやかな三周年だったが、彼女の心遣いは一生心に残るだろう、何ものにも変え難い夜となった気がしていた。


 翌日、ステラが帰った後、圭がにやけながら言った。

「ちゃんとキスぐらいしたの? お腹すいたのを我慢して寝たふりしてあげたんだからね」

 ——やれやれ。


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