第30話 旅路

 圭も行くというので、土曜日まで待って再びアミティへ向かう。今日はステラがどうしても用事があって行けないらしく、ものすごく恨めしい目で2人を見送った。

 愛車のピックアップトラックを運転しながら、いつもステラがいて賑やかな車内が彼女がいないだけで少し寂しく感じるが、いつものように日本から持ってきた音楽たちがその寂しさを少し和らげてくれた。


 途中——もう必要ないのだが——テッドのお店でストロベリーハウスの子供達のためにパンを買い、ついでに圭と圭司のふたりのお昼ご飯のためにチーズ入りのフランスパンも買ってハウスへ向かった。

 ストロベリーハウスはジョシー夫妻を追い出してからはニューヨーク市から委託された管財人が管理しており、ロバートとミッチェルいう60歳ぐらいの夫婦が雇われた管理人だった。圭司が持ってきたパンをテーブルの上に置くと、子供たちがすぐに集まり、たちまちパンはなくなっていく。管理人のふたりも優しい笑顔で子供たちを見つめていて、ジョシー夫妻が管理していたこれまでのような悲しい出来事は起きそうもなくて胸を撫で下ろす。

 ところで、今日ここにきたのはジョシー夫妻の前任者であり、圭がこのハウスに預けられた時の事情を一番よく知っていると思われる人物を訪ねたかったからだ。ハウスに着くとロバートたちは圭司から事前に話を聞いていたこともあり、できる限りのことを調べていてくれた。

「その時の管理人はトーマス・ジュニア・サスペンダーという方でね、奥さんが事故で亡くなって、ひとりでハウスの管理人を続けるのが難しくなったらしいんだよね。借金もあって、それを口実に土地ごとジョシーたちに乗っ取られた感じなんだよ。ちゃんと市とかに相談すればまだそこまでのことはなかったんじゃないかって周りの皆んなも言っている。無知につけ込まれたって噂だよ」

 ロバートが少し残念そうな顔で圭司に状況を話す。

「そのサスペンダーさんはまだ生きてるの?」

「ああ。マサチューセッツのボストン郊外のホームにいるらしいよ。ここで友達だった人がそう言ってる」

 ——マサチューセッツか。ニューヨークの東側にある隣の州だな。ちょっと長距離になるか。

「ありがとう、ボブ。住所はわかるかな」

「住所を書いたメモをもらってるよ」

 そう言ってロバートは一枚の紙を圭司に渡した。圭司は感謝の意を伝え席を立ち上がる。

「圭、行くよ」

 そう声をかけると、ハウスの他の子供たちと楽しそうに遊んでいた圭が皆んなとハグをして別れを告げて圭司のところへうれしそうに駆けてきた。

「もうすっかり親子なんだね」

 ロバートにそう言われ、圭がちょっと照れるように笑って圭司の腕に手をかけた。


 ⌘


「これからマサチューセッツまで行ってくるよ。帰りは遅くなるから、悪いけど店の方は臨時休業だ」

 ステラに圭司が電話をすると、スマホの向こうから彼女の悲しそうな声が聞こえた。

「やっと手掛かりを掴んだんだ。この機会を逃したくない。このお詫びは今度するからね。ごめんな」

 そう言って電話を切り、車を発進させる。ふと助手席をみると圭が圭司を見ながら意味ありげにニヤついている。

「なんだい、その顔」

「圭司って、ステラに優しいよね。初めて出会った日から思ってたけど、ふたりは付き合ってるの?」

 相変わらずニヤニヤしながら圭がいう。

「あのさ、俺とステラは歳がいくつ離れてると思うんだ。彼女と俺じゃ釣り合わないさ」

「あら、女は歳なんか気にしないわ。ステラは絶対に圭司が好きだと思うんだけどな」

「バカ言え。子供のくせに大人をからかうなよ」

 ——このませたガキめ。

「ほら、音楽が止まってるぞ。そんなことはいいから、カセットを取り替えてくれよ」

 圭司にそう言われて圭は適当にカセットテープをたくさん入れたバッグに適当に手を突っ込み、取り替えたカセットテープを押し込んだ。まるで意図したように古い音楽が鳴り出した。圭司は調子良く鼻歌でなぞる。

「これ、なんて曲?」

 まだこの曲までたどり着いていないのか、圭が聞く。

「これはな、これから行く場所の曲さ」

「これから行く場所?」

「そう、ビージーズの『マサチューセッツ』って曲だ。アメリカ以外では世界中で大ヒットした曲なんだぜ」

「日本でも?」

「もちろん。ナンバーワンヒットになったんだよ」


 ——マサチューセッツに帰ろうか。


 車はマサチューセッツへ向かう。年を重ねるごとに捨ててきた日本への思いが強くなる圭司の気持ちに寄り添うような切ない曲だった。

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