第29話 そうだよ、それがロックだよ!

「さあて、何がどうしてどうなったら、こうなったのか説明してもらいますよ」

 身元引受人として横浜から駆けつけた西川先生が、警察近くの喫茶店で圭太に向かって「理論整然」と怒っていた。聞けば姉の恵が事態を打開するためにすぐに西川先生に電話したということだ。西川先生としては、圭の音楽活動をまだ認めていない段階で、いきなり横浜から東京の警察へ呼び出しがあったわけで、憤るのも仕方ない。

「すみません」

 西川先生の前に座っていた圭太が頭を下げた。同じテーブルに圭と恵、隣のテーブルには菊池が座っている。

「圭太、ちゃんと謝っとけよ」

 菊池がしれっとして圭太にいう。

「社長、ずるいですよ。だいたい、僕はまだ一曲も弾いてないし、あの時弾いたのは……」

「圭太、言い訳は男のすることじゃない」

 反論する圭太の話を遮るように、菊池はそう言うと、西川先生に向かって、

「うちの所属アーティストがご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

と頭を下げた。

「社長さんでしたよね。うちの生徒を無断で連れ出したのはご存知だったのですか。彼女は未成年ですよ。世が世なら誘拐と言われても仕方ないんですよ」

「確かにそうです。圭太は学校を出てから音楽の世界しか知らない人間で、もう少し社会常識というものを身に付けさせなければと痛感しております。だいたい保護者の許可も得ずに未成年の女の子を連れ出すなど……」

 ——えらい言われようだよ。いったいどの口が。

 圭太は反論する気力もなくし、喋り倒す菊池の「作り話」を聞いていた。

「ま、まあ、社長さんがそこまで仰るなら、今日のところはもう言いませんが」

 立て板に水のごとく喋り続けた菊池の勢いに、西川先生の怒りが少し治まってきたようだ。

「で、先生。ものは相談なんですが」

 それまでと態度を変え、様子を探るように菊池が西川先生に言う。

「なんでしょう」

「この子の才能は素晴らしい。ぜひこの子を私の事務所に預けていただくというのは……」

「却下」

 菊池の提案は西川先生に秒殺された。圭太は思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。


「この件は学校へは報告してません。連絡をいただいたのが早瀬先生でなければ違っていたかも知れません。これに懲りたら、もう二度と勝手に圭を連れ出してはいけません。いいですね」

 西川先生が強い口調で言うと恵が頭を下げた。

「それから高橋さん、いいですね? もう勝手なことをしないと約束しなさい」

 今度は圭の顔を見て言う。そのとき圭が何か小さくつぶやいた。

「えっ? 何か言いました?」

 先生が聞き直す。

「だって、それがロックだもん」

 圭が顔を上げ、西川先生の顔を見て今度ははっきり言った。少し微笑んでいるがその目は強い意志があった。

「フッ、フハハハハ……」

 菊池が思いっきり笑い出した。

「そうだ、そうなんだよ。それがロックだ。なあ、圭太。そうだろう?」

 先生が呆然としている目の前で、涙を流しながら菊池が笑い転げている。

「どう言うことです? 何がおかしいんです?」

 戸惑う先生に、菊池がさらに言う。

「先生、権力に頭を下げたら、もうそれはロックじゃないんですよ! 確かに俺もそうだった。学校のいうことをハイハイ聞いているロッカーなんか、世界中どこを探してもいないんだよ。そうだった、そんなことさえも忘れてたよ。彼女は間違いなく本物のロックシンガーだ」

 後を継いで圭太もいう。

「先生、先生の大好きなビートルズは当時『世界で一番悪い子』じゃなかったんですか? つまりそういうことです、先生。わかってくれとは言わないけど、彼女が歌いたいなら誰にもそれを止める権利なんかないんです。ですよね、社長」

 そう言って圭太は拳を突き出し、社長とグータッチをした。そして大好きなビートルズを引き合いに出されたからか、先生も苦笑いするしかなかったようだ。

「わかってるわよ、そんなこと。でも、学校としては仕方ないじゃん」

 先生が素で不貞腐れてしまった。


「先生、こうしませんか」

 話が膠着したところにさっきから1人で何か考えていた恵が言い出した。俯いていた先生が顔を上げる。

「私が彼女のマネージャーになります。それではどうですか」

「マネージャー?」

「学校はちゃんと行かせます。高校を卒業するまでは全てにおいて学業を優先させます。そして、学校以外の音楽の時間は私が彼女に付き添います」

 恵は先生にそう言うと、今度は菊池に向き直った。

「私は英語も喋れます。彼女の好きな音楽も多少はわかるつもりです。もしこの子を事務所に入れたいなら、私をこの子の専属マネージャーとして雇ってもらえませんか」

 思わぬ提案に、圭太も驚いた。だが、よく考えてみると、アメリカの音楽に詳しく英語も喋れる恵は、むしろ確かに適任に思えた。しかも今は無職だ。

「それなら私が学校を説得する。でも高橋さん、あなたはどうなの。一番大事なのはあなたの気持ちよ。あなたはそれでいいの?」

 先生が圭に語りかけると、圭は黙って拳を圭太に向けて突き出した。

 ——契約成立。

「社長、もちろんいいですよね」

「当たり前だ。ただねお姉さん。自慢じゃないが、うちの給料は安いよ」

「はい、それは圭太に頑張って稼いでもらいますから。そしたら給料を上げてくださいねっ」

 ——ちぇっ、簡単に言うなよ。

 圭太は深いため息をついた。

「あっ、もうひとつ条件があります」

 先生が思い出したように圭太を見て言う。

「うちの学校にスカイ・シーという軽音部のグループがあるので、月に一度、彼女たちにギターを教えにきてください。これが絶対条件です。講師という立場なら、学校も説得しやすいしね」

 ——これは大変なことになっちまった。

 思わず頭を抱えそうになった圭太だった。

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