第18話 クリスマスの夜に

 12月1日の「ケイの誕生日」とされている日はささやかに祝った。ケイにとってはこの日はハウスに入った日であり、あまりいい思い出はないと言う。それよりもクリスマスのコンサートで頭がいっぱいなんだと笑っている。いつか、本当の誕生日がわかる日がくればいいと圭司は願った。


 ケイの親権を持つための届出をすぐに出し、裁判所へも足を数回運んだ。圭司はかなり厳しい質問も飛んだが、驚いたことにステラが自分たちは事実婚の関係で、ケイは2人で育てるのだと堂々と言ってのけ圭司を驚かせた。

「裁判所ではそう言っておけばいいのよ」

と、ケロッとしている。圭司は圭司で、同じ日本人として自分にはケイを育てる責任がある、日本人はそういう民族なんだと裁判官を滔々と説き伏せて、養女とする前の観察期間を与えられた。しばらくの間、監察官による数回の訪問や面接があるが、もう2年以上も今の場所で店を経営していることや、ジョシー夫妻の書類の効果もあり、同居を認められたのだ。ケイが誕生日よりもはるかに喜んだことは言うまでもあるまい。

 それから、ケイがとても気にしていたのがハウスに残された他の子供たちのことだ。圭司もすぐにでも子供たちをハウスから助け出してあげたいが、ケイを養女にするための手続きを進めるためには、今はまだジョシーに書かせた書類の効力がどうしても必要だった。正式に裁判所の認可が下りる前には動けないのが圭司はもどかしかった。


「のっぽのサリー」を店の中でケイが歌い出した。教えた覚えはなかったが、そういえば昨日ケイが初期のビートルズを聴いていたのを圭司は思い出した。普通あの曲はプレスリーかリトル・リチャードを思い出すが、おそらく彼女のサリーがポールマッカートニーを真似ていると思ったのは気のせいではないと思う。

 ケイの音楽を吸収するスピードはものすごかった。圭司が憧れて日本から持ってきた古いアメリカやイギリスの音楽をどんどん取り込んでゆく。そして、その歌唱力にも圭司は舌を巻いた。シャウトしても音程を絶対はずさず、まだ子供とは思えないその音域の広さに感心するのだ。かなり耳がいいのだろう。

 耳がいいといえば、言葉を覚えるのも早いようだ。自分が日本人なら、日本語を覚えてみたいとケイが言うので圭司が少しあいさつから教えてみると、すぐに覚えるからたいしたものだ。たまに日本の歌も聴いて、圭司が教えてもいないのに、いつのまにか綺麗な発音の日本語で口ずさんでいる。

 のっぽのサリーをケイが歌い終わると、お客さんから拍手と歓声が起こる。そして、ケイが突然歌い出すのは「ロック・イン・ジャパン」の名物になりつつあった。


「わあ、雪だ」

 ケイが空を見上げて言ったクリスマスの夜、店を早めに閉めてケイの計画どおりに店の前で圭司のギターにのせてミニコンサートを開いた。定番のジングルベル、マライヤキャリー、ワム、ジョンレノン。ケイとステラが一生懸命に練習したクリスマスソングを2人が1週間かけて飾り付けをしたイルミネーションの前で歌った。ハラハラと粉雪の舞うとても寒い夜だったが、圭司にとってアメリカに来て1番の、とてもいい夜だった。

 たくさんの人たちが足を止めて聴いてくれた。最後の曲はケイのしゃがれ声に大きな歓声が起き、一緒に歌う人も現れ、次々にコーラスに観客が参加して、最後にはその場にいたみんなの大合唱で幕を閉じた。


 ——ああ、いい夜だ。


 ハラハラと舞う雪が止み、そして新しい年が始まろうとしていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る