3-2

 シェルターの外で暮らす人間が皆が皆、手を取り合って生きているわけではない。その真逆、無益な争いに興じるていることだってある。

 火種は大抵、縄張りだ。各地に点在する村は、得意の発注者――つまり近隣のシェルターや〈かれら〉の基地を持っていて、他のエリアのクーリーがそこから仕事を受けるのは御法度とされている。流しや遠方からの配達の帰りに受注する場合でも、その縄張りを取り仕切る村にはお伺いを立てなければならない。

 大方の村は筋を通せば仕事をさせてくれる。だが時々えらく厳しい、端的にいえばケチが行き過ぎたような縄張り意識の強い村がある。そういうところは領内(そいつらが勝手に決めた線引きだ)に踏み込むことすら許してくれない。そしてそんな厄介な村が、俺たちの生存圏の割と近くにあったりする。

 海沿いを仕切る彼らは〈フナムシ〉と呼ばれている。もちろん、面と向かって呼んだりはしないが。

〈フナムシ〉が面倒なのは、俺たちの村からだといくつかの目的地へ行く際に奴らの縄張りを掠めなければならない点だ。以前は谷に橋が架かっていたが、カナリアを運ぶ際にも見たように、それが落ちていた。あるいは、〈フナムシ〉たちが因縁をつけるためにわざと橋を落としたとも考えられるが、証拠がないので疑っても仕方がない。再び橋を架ければいいのかもしれないが、村にはそんな財力も材料も技術もない。できることといえば、全速力で〈フナムシ〉の縄張りを駆け抜けるぐらいだ。

『そこのユニット、停まれ』

 運が悪いと、こうなる。たまたま見回りに出ていたやつに捕まったのだろう。

『停まれ。停まらなければ撃つ』

 外から拡声器ごしの声がした次の瞬間、機体の真横で地面が爆ぜる。こういう時、停まる意思を伝える術がないのは不便だ。

 ブレーキを掛け、緊急停止を試みる。脚部の関節を軋ませながら、機体は停まる。

 外を覗こうとするカナリアを押し留め、俺は上部ハッチを開く。後方に、大砲を背負ったユニットが停まっている。砲口はもちろん、こちらを向いている。

 おれは両手を挙げる。

『どこのもんだ』拡声器ががなる。声だけでも粗野な男だとわかる。

「ツルミの二十三番だ」嘘を述べる。この場合、本当のことを言っても得にはならない。

『荷物も背負わず、こんな所で何してる』

「配達の帰りだ」

『嘘だ』相手は断言する。『〈宝〉を盗みに来たんだろう』

「盗まねえよ、あんなもん」俺は呟く。

『何だと?』マイクの性能が優れているのかもしれない。

「宝に興味はない」と、俺は声を張る。「ただここを通りたいだけだ」

『通行料を置いていけ』

 相手が言った額に、つい舌打ちが出る。シェルター間の配送三回分だ。

「もし断ったら?」

『お前の命はない』

 俺は溜息をつく。それから、前を向いたままカナリアを呼ぶ。

「お前に頼みたいことがある」

「大体わかる」彼女は言う。

「話が早い。このあいだ教えた通りにやってくれ」

「わかった」

『今から言う口座に、一分以内に入金しろ。金が確認できなければすぐに撃つ』

 拡声器が振り込み用の口座番号を言い出す。どこかに書いてある文字を読んでいるようだ。

「今だ」俺はカナリアに合図する。

 その途端、低くアイドリングしていた機体が相手に向かって飛び出す。

「そっちじゃない!」

 叫ぶ間にも、ぐんぐんと距離が詰まり、体当たりをかます。飛び散る火花。金属が拉げ、軋む音が辺りを満たす。衝撃には備えていたものの、想像以上の反動で、俺はコクピットへと転がり落ちる。

 操縦席のカナリアがレバーを前方へ入れる。

 機体が大きく揺れ、走り出す。後方からは拡声器が何かを叫んでいるが、何を言っているのかは聞き取れない。

 再びハッチから顔を出すと、相手が体勢を立て直すのが見える。大砲がこちらを向く。

「撃ってくる」

 砲口で煙が上がる。同時に、機体が右へ一歩ずれる。直進してきた砲弾が視界の端で炸裂し、土埃を巻き上げる。相手は装填中か地団駄を踏んでいるのか、すぐには次の動きを見せない。

「無茶苦茶だ」俺はコクピットに言う。

「こうした方が確実に逃げられる」カナリアは言う。

「そういうのどこで覚えたんだ?」

 風を切る音がしたかと思うと、機体の傍で地面が爆ぜる。立て続けに二度。周囲に目を走らせると、先ほどと同じような機影が二つ、それぞれ別の方向からせかせかと脚を動かしながら迫ってくるのが見える。

 俺は時刻と太陽の位置を確かめてからコックピットに降り、カナリアと操縦を変わる。機体を大きく方向転換させる。

「逃げない」カナリアが問うように言う。

「それよりも良い場所がある」レバーを目いっぱい前に倒す。「そこに逃げ込めれば、こちらの勝ちだ」

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