エッセンシャル

佐藤ムニエル

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 今日、育ての親が死んだ。六十を少し越えたぐらいだったから大往生だ。

 葬儀は俺の帰りを待つというので、仕事が終わったらすぐ戻ると伝えて無線を切る。ポケットから、くしゃくしゃになった煙草のパックを取り出す。一本だけ残っていた煙草に火を点け、時間を掛けて吸う。俺に煙草の味を教えたのは彼だった。それから、仕事のやり方を教えたのも。

 彼は俺にとっての父親だった。

 本当の父親のことは知らない。母親のことも。俺がここにいるわけだから、二人とも、ある時点では確かに存在したのだろうけど。少なくとも、俺の記憶の中にはいない。

 彼――アオジに拾われた日のことは、ぼんやりとだが覚えている。俺の中に残る、一番古い記憶。俺は三歳とか四歳とか、それぐらいだったはずだ。雨が降っていた。崩れかけた石造りの建物の隅で、毛布に包まって泣いていた。そこへアオジが現れた。

 この時、俺は一生分の幸運を使い果たしたといっていい。こんな世の中だ。拾った子供を連れ帰り、身体を洗って食事をとらせるような奇特な人間はそういない。良くて無視され、悪ければどこかへ二束三文で売られるかだ。だがアオジは、実の娘に「弟ができたぞ」と引き合わせ、〈息子〉として俺を育てた。それから読み書きを教え、ある程度の年齢になるとクーリーの仕事についてまわらせた。ある時、俺を拾った理由を訊いたら「無料で働く労働力が欲しかっただけだ」と答えたが、俺だって無報酬で動くわけじゃない。時には報酬以上に高くつく食糧を費やす口が増えるわけだから、どう考えたって割には合わない。結局、真相は聞けず終いになってしまった。

 指の間に熱を感じ、煙草が根元まで灰になっていることを気付く。俺は吸い殻を崖の向こうへ投げ捨てる。

 ここからの眺めが好きだ。近くを通る度、つい立ち寄ってしまう。

 崖の向こうには広大な廃墟が広がっている。崩れかかった四角い建物の群れ。拉げた赤い鉄塔。それより更に高かったと思しき別の鉄塔は途中で折れている。ここは大昔、都市だったとアオジは言っていた。シェルターができるよりずっと前――つまり〈かれら〉がやって来る前、人は誰もが隔壁もガラス天井もない外で生活していた。その名残がこの廃墟なのだ、と。

 都市の残骸は、俺とアオジの出会いの場でもある。これら膨大な数の朽ちた建物のどれかに、俺はいたらしい。

 あの日とは違い、空は晴れ渡っている。白みがかった青い空に、雲が音もなく浮かんでいる。雲が流れていくと、〈かれら〉の円盤が時折姿を見せる。こちらも無音で浮かんでいるが、決して風に流されることはない。何があっても微動だにしない。銀色の外装が、日の光を受けてキラキラと輝いている。いつもの景色。

「さて」俺は伸びをしてから、ユニットの操縦席に戻る。

 配送先はあと四カ所。夕方までには帰れるだろうか。

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