時間内授業② 僕の章

 初めてタイムトラベルの話をしてから数日ほどたった日、日課となった個別事業を先生から受けていた。そんな時、先生があまり話を聞いていないのを察したのか、説明を止めた。

「何かあったのか?」

「ちょっと母と喧嘩したんです。僕がトラルファマ教は運命の奴隷だって言ったら怒って……」

「怒るだろうな」

「でもおかしくないですか? ……例えば『スタータハウス5』『あなたの人生の物語』等、運命を変えられないタイプの時間SFを読んだんですが……全部わかったわけじゃないと前置きはしますが、僕は彼らの自由意志を受け入れることへの思考は理解できるんですが、いざ自分がその立場にいることを実感すると、同じようには思えなくて……それでもやはりその考えに寄り添って生きてきたことを思い出し、そのことを否定しきれなくて……すみません言いたいこと整理できていなくて……その、端的に言いますけど、やっぱり僕は運命を変える側になりたいです…助けたい人がいるんです……誰かは言えないんですけど……やっぱり改宗しなければならないでしょうか」

「教師という立場上、改宗を強く進めることはできない。そして私は布教する立場にはない。だからそれぞれの宗教の一面を教えることしかできない」

「やっぱりそうなりますよね……ごめんなさい優柔不断で……ただやっぱり運命の奴隷になるって怖くないですか……?」

 先生は少し考え事をしていた。しばらくすると頷き、タブレットに画像を表示して見せてくる。

「たとえ話をするが、未来が変えられると仮定して、完璧な予知能力者同士がいる国同士で戦争をしたらどうなると思う? 完璧なのでゼロ秒ですべてがわかるという予知だ」

「えっと、未来予知の条件が一緒なら、強いほうが勝つんじゃないでしょうか。戦争についてはあまり詳しくないので、何が強いのかはわかりませんが」

「勝敗については確かにそうだ。しかし私が問いたかったのは勝敗ではなく、どういったプロセスで未来予知が行われるかだ」

「どういうことです?」

「例えば、A国がミサイルを発射しようとする。それをB国が予知し阻止しようとする。さらにA国が予知し、阻止を阻止しようとする。そういったやり取りがずっと続く。しかし物事には終わりがある」

「無駄だと悟ってそもそも戦争が起こらないとか?」

「または、絶対に勝てると予知の果てで見つけ出すかもしれない。負ける側が被害を最小限にしようとするかもしれない。あるいは最善の行動など取られずに、やみくもな作戦が決行されるかもしれない。ただそれは完璧な予知故、ゼロ秒で予知され、『阻止の阻止』といったチューリングめいた予知合戦はなかったことになるだろう。そしてそこに現れるのは、『変動しようのない、すべきでない、する必要がない未来』が現れるはずだ」

「そういう世界の認識がトラルファマ教の教えなんですか」

「宗派の一つの考え方だ。ただ、その不動の世界というものは、その予知合戦のそれぞれの意思によって作られているといっていい。つまり意思は発生しているんだ。なかったことになっているからと言って、なくては存在しえない。だからそれを運命の奴隷というのはふさわしくない」

 僕はその考え方にハッとした。

 多分母の考え方は別だろう。それでももなんとなく今言ったことにより、彼女の考えにより添えた気がした。違う道を通り、母の考えに近づけた。

 それにより僕は母の信仰を否定したことを申し訳なく思う。母は母なりに考えているのだ。

「今日、母に謝ってきます……」

「それがいい」

「先生。ありがとうございます。もしかしたら母とずっと喧嘩したままになったかも。先生のおかげです」

「私がいなくても君は君なりに答えを出していただろう」

「いえ、それでも先生のおかげですよ。先生がいなかったら……あっ、でも僕はやっぱり運命を変えたくて」

「わかっているよ。よく考えるといい。しかしそれも私一人の力では限界がある」

 そういうと先生はプリントを渡してきた。図書館でも借りられる本の名前を印刷したもののようだ。

 ぎっしりと書かれた書籍名の多さに、さすがに僕はしり込みをした。

「えっ……これ全部読まなければいけないですか……」

「強制はしない。何なら全部読んでも分からないかもしれない」

「読んでも分からないかもしれない……でも読まなかったら絶対わからないかもしれない……よし!」僕は勢いよく立ち上がる。「ありがとうございます先生! 全部読んで自分の信仰を見つけますよ!」

「ああ、がんばれ」

「では失礼します!」

 そろそろ時間だったので、僕は勢いよく部屋から飛び出した。

 なんだか晴れやかな気分だった。窓から夏の日差しが降り注いでいる。

 先生は初めは固い表情ばかり見せていたが、最近はだんだんと僕に心を開いてきたような気がする。会話が下手なだけで、不器用ながらも親身になってくれているいい先生なのかもしれない。

 今日は母と話し追うことになるだろう。もしかしたら昨日よりも言い合いになるのかもしれない。それでも僕は運命を変えたい。最も尊敬する人を助けるために。


 ――先生がトラックにひかれて死んだのはその一週間後だった。


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