07

 雨が降っていた。土砂降り。


 彼女は来ないだろうと思いながら、トラックに向かった。あの日から、彼女は自分の足にテーピングをしたり冷やしてくれたり、するようになった。今日は、それもなしになる。


 海岸線のトラック。


 ちょっとだけ、波立った海。それを眺める、彼女がいた。傘を差している。


「なぜここに来た」


 喋った。雨の音で、彼女には聞こえなかったらしい。海を眺める彼女の後ろ姿。


 気にせず、準備をして。


 走りだそうとした直前。


「ちょっと。聞こえてないわけ?」


 雨の音が、消えた。傘。


「あ、ああ。聞こえてなかった」


「声がちいさかったかな」


「俺の声も、聞こえてなかっただろ。海を見てたおまえに、声をかけたんだが」


「そうだったの。全然気づかなかった」


 生まれてから、一度も。大きな声など出したことはない。彼女もたぶん、そうなのだろう。似た者同士。


「波浪警報出たら走るのは中止だからね?」


「わかった」


 走った。


 雨のなかでも、走るのは、変わらない。見える景色が違うだけ。


 少しだけ、多めに走った。


 いつものように、彼女のところへ向かう。


「ここじゃテーピングできないね。車まで来て」


 彼女の後ろを、歩いて。


 車に乗る。彼女が扉を閉めると、雨の音が、消えた。


「マイカーです」


「高級車だな」


 しっかりとした内装。大きめの車体。


「おかねはあるのよ。こどもの頃から、アルバイトの真似事をしてたから」


「アルバイトの真似事ね」


 彼女から渡されたタオルで、雨と汗を拭う。


「インターネットなら、匿名で年齢関係なく収入が得られたの。広告収入とか、文字打ちとか」


「頭がいいんだな」


「まあね」


 彼女。足にテーピングを施しはじめている。


「なぜ、教員になったんだ。そのまま普通に暮らしていけるだろうに」


「忙しくしていたかったのよ。適当に教員免許とって、とりあえず教員になったの」


「忙しくしたいから教員か。変な話だな」


「まあ、もう教師はやめたし。どうでもいいことよ」


 テーピングが終わる。


 車を出ようとして。


「ちょっと。送っていくわ。家どこよ?」


「家か」


 住所を言った。


「高級タワーマンションじゃないの。良いところ住んでるわね?」


「頭がいいからな。そこの土地の権利は俺が持ってる」


「あら」


「生まれたときからひとりでな。生きるためには、土地が必要だった。それだけだ」


「お互い、似た者同士ね」


「まあな。じゃあ、家まで送ってくれ」


「はいはい」

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