「でも。おねがいします。聞いてください。あの。わたし。心が。おかしくなっちゃって。昔のことが。昨日までのことが。思い出せないんです」


「知っている。なぜここへ来た。家に帰れ。ここにお前の来る理由がない」


「あります。理由。わたし。昨日までのわたし。日記を、付けていたんです」


「日記?」


「はい。毎日のことが、ずっと書いてありました。それを読んで、わたしが、どういう人間で、どういう想いで毎日を過ごしてきたのか。わかってる、つもりです」


「そうか。それでここに」


「はい。日記の最後に。書いてありました。もしわたしが、記憶を明日も持っていて、心の寿命を少しでも、越えられ、たら。あなたに告白、しよう、って」


「でも、おまえは別人だ」


「それでも。わたしのことだから。それに。走っているあなたを見て。かっこいいって、思った、から」


「そんな理由で告白するのか」


「わたしにとっては、大切なことです。記憶もないし、何も分からないわたしには。あなただけが、唯一の、ひと、だから」


「わかった」


「すいません、でした。帰ります」


「帰らなくていい。水とタオル。持ってるか」


「はい。持っています」


「くれ。喉が渇いたし、汗も拭いたい」


「はい」


 もういちど。


 はじめよう。


 今度こそは。


 ちゃんと、最後まで、駆け抜けられるように。

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