ゲーマーズライフ
ヨータ
第1話 夢の終わりと携帯ゲーム機
僕が小さい頃、持ち運べるゲーム機と言えばゲームボーイが主流だった。2.45インチの小さな画面に粗いドット絵、単純な効果音。映画やアニメに比べ格段に劣る表現力ではあったが、子供達はその小さな画面で夢中になってゲームをプレイした。足りない表現力は想像力で補うことができた。
「そういえば、最近彼女とはどうだい?」
奥井のアパートに携帯ゲーム機を持ちより二人で通信プレイをしていたとき、僕は何の気なしに尋ねた。携帯ゲーム機の画面は今や格段に大きくなり解像度も上がった、美しい2Dアニメはもちろん、3Dだって問題なく描写できる。音楽だって僕の貧相な耳で聞く限りでは、音楽プレイヤーに負けていないと思うし、一人一人のキャラクターにはしっかり声がついている。映像作品として十分にストーリーを描くことが可能な表現力を、手軽に持ち運べるサイズで実現している。ここまでゲーム機が進歩するなんて誰が考えただろう。空飛ぶ車はまだないけれど、人類は確実に進歩している。
「ああ、今度結婚することになった。」
「おめでとう。」
僕も奥井も手元の携帯ゲーム機の画面に視線を置いたまま会話を続けている。
「強いな、この敵。」
彼がゲームの中で操作しているキャラクターがピンチに陥る。
「高難易度だと、敵の挙動が少し変わるんだ。」
僕は簡単に彼にアドバイスをした。
「おう。」
彼は寡黙に応じ、慣れた手つきでカチャカチャとボタンを操作した。こいつに任せておけば問題はない。ことゲームにおいて彼ほど信頼できる相棒はいない。
「よし。」
僕が操作する魔法使いの攻撃と、奥井が操作する戦士の攻撃がうまくかみ合い敵を追い詰める。カチカチとゲーム機のボタンを押す音と、ゲームの効果音、音楽だけが室内に響く。やがて敵は倒れ、獲得したアイテムやスコアが表示された。
ゲームが一区切りして、僕らはゲーム機をテーブルにおいた。一人暮らしにしてはやや広めのマンションには、ぎりぎり三人ほど座れるソファーが壁際に置かれている。そのすぐ横にはスナック菓子が散らばる膝の高さほどのテーブル、テーブルを挟んでソファーの反対側の壁に、部屋の大きさに不相応な巨大なテレビとテレビ台が並ぶ。部屋の隅にはPCモニターが置かれたデスクと椅子がある。その椅子は会社の事務所などにある事務用オフィスチェアに似ているが、通常のオフィスチェアと異なり、背もたれが背中全体を覆うほどに大きく、人の背中に沿うような独特のカーブを描いている。長時間パソコンの前に座ることを想定した特別の仕様の椅子、所謂ゲーミングチェアと呼ばれるものだ。見る人もが見ればわかるゲーマーの部屋だ。
「付き合って一年くらいか?会社の先輩だよな。」
僕はソファーに座ったまま割りばしでテーブルの上のポテトチップスをつまみ、それをコーラで流し込みながら言った。こうすると指が汚れないので、ゲームをしながらお菓子を食べることができる。
「ああ。」
僕と同じようにスナックをつまみながら、座椅子に胡坐をかいて奥井が言った。
「姉さん女房という訳だ。」
「いんや、俺は大学院だし、一年留年しているから。同い年。」
「何にせよ。おめでたい。」
僕はコーラ缶を乾杯するように頭上に掲げた。
「しかし2Dの横スクロールアクションはいい。昔はよくゲーセンでやった。」
奥井はテーブルに置かれた携帯ゲーム機を指差しながら言った。どこか取り繕うような唐突な言い方だった。横スクロールと言うのはゲームのジャンルの一つだ。僕らが小さい頃はたくさんあったが最近はあまり人気がない。
「初めて買ったゲームがファイナルファイトガイだ。そこから数えれば二十年近くやっている。毎回同じようなことやっているけど、なぜか飽きない。」
僕は言った。
「最近なかなか横スクロールの新作出ないよな。モンハンみたいな3Dアクションか、TPSとかFPSばっかだよな。」
TPS、FPS、全てゲームのジャンルのことだ。
「そういえば、年明けにモンハンでるけどお前も買うだろう。」
「どうだろう。もうすぐ嫁さんの実家に住むんだ。ゲーム許してくれるかな。」
「お前がゲームやらないなんて、マジか。」
「それが大人になるってことよ。」
それはどことなく諦観したような物言いだった。
奥井のマンションからの帰り道、僕はぼんやりと昔のことを思い出していた。奥井は大学生の頃から今のマンションに住んでいる。職場は少し遠いがその場所が気に入っているらしい。僕は何度となくこの場所に足を運んだ。結婚を機に引っ越すと言うので、この道を通るのはこれが最後だろう。
彼とは小学生の頃から付き合いだ。小学生のときは野球少年で、初めて会ったときは丸坊主でよく日焼けをしていたが、その頃からオタク趣味が好きだった。そもそも僕がこの道にはまったのも、彼に出会ったことがきっかけだ。彼の家は平均より少し裕福で、おまけに子供の遊びに他の家庭より寛容だった。彼の家には当時のあらゆるゲーム機が揃っていた。スーパーファミコン、メガドライブ、NEOGEO、ゲームボーイにゲームギア。僕の家はゲームに寛容ではなく中学まではゲーム機を買ってもらず、僕は小学生の頃は毎日のように彼の家に通ったものだ。中学からは二人でゲーセンに通い、高校では当時流行っていたカードゲームをやった。大学進学のとき彼が一人暮らしを始めたので、彼のマンションが友人達のたまり場になった。
いい時代だった。プレイステーションにXBOX、ゲームキューブ、PSPにDS、もちろんPCゲームも。深夜アニメは全盛期で、録画して片端から見ていたし、面白い漫画も豊富にあった。バイトをして金を貯めて、毎週末秋葉原や中野の専門店に通い皆で金を出し合ってそういうものを揃えた。
今にして思えばそれはある種の逃避行動だったのかもしれない。学生特有の将来への漠然とした不安、うだつの上がらぬ自分自身への不満、目前に迫ったのレポート期限、諸々の現実から目を背けるべく、酒やギャンブルに逃避するように、僕らはフィクションに逃避していたのだろう。何も生まない時間ではあった。誰かの作った創作物をただただ消費するだけ。それでもその時間は僕らにとって大切な時間だった。ゲームで大失敗し皆で大げさに笑ったり、アニメを批評しあっていつのまにか夜が明けていたり、ゲームにはまりすぎて単位を落としそうになったり、そういう時間が繊細で軟弱な僕らを支えたくれたのは間違いないのだ。
「潮時かな。」
僕は誰に言うでもなくポツリと独り言を呟いた。かつて仲間は両手で数えられぬくらいにいた。いつのまにか転勤になった奴が一人抜け、結婚して二人抜け、子供が生まれ三人抜けた。特に理由もなくいなくなるやつもいたし、泣く泣くやめるやつもいた。当たり前だ。僕らは現実の世界で生きており、年を重ねるほどに対処しなければならない問題は増えていく。フィクションの世界にいられる時間は確実に少なくなっていく。そしていよいよ残ったのは僕と奥井だけだ。そしてこの20年以上続くコンビもいよいよ解散なのだろう。
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