第5話:好み

 リュシータは転生前から男の趣味が偏っていた。

 ナイーブなのだが、それでいて芯の強い男が好きだった。

 理想と現実に懊悩しながら努力する男が好きだった。

 ブス専とまでは言わないが、独特の容姿が大好きだった。

 泣虫勇者カーツはそのど真ん中にいた。


「さあ、キリキリと魔王軍を叩いて勇者が不要な事を見せつけるの。

 そうすれば、もうあなたのような不幸な人間は現れないわよ」


 リュシータはカーツと取引をした。

 ディトン王家が大陸を統一した暁には、勇者召喚の魔法を禁呪にすると。

 勇者召喚魔術の記録をすべて廃棄し、この世界から消し去ると。

 今生き延びている勇者が希望するなら、元の世界に召還すると。

 その代わり、全ての手柄はリュシータのモノにすると。


「悪いな、お前に恨みはないが、死んでくれ」


 覚悟を決めたカーツは、一切の手加減をせず、情け容赦なく魔王軍を殺した。

 転生してからずっと努力して高めたリュシータの魔力。

 剛剣の勇者レンドルをはじめ、同時に何人もの勇者を瞬殺するだけの魔力。

 それと同じ魔力を、カーツは召喚されてからの僅かな期間で超えていた。

 その事を、唯一リュシータだけが気がついていた。

 同時に、まともに戦っても勝てないと気がついていた。


「ふっふっふっ、どうやったら貴男の心を手に入れることができるのかしら」


 リュシータは今初めて本当の幸せを噛み締めていた。

 前世とは違う健康な身体を手に入れた事で、全ての望みが叶ったわけではない。

 前世では経験できなかった、恋愛をしたかった。

 だが、あまりにも強大な力を得てしまったリュシータには、対等の立場で恋することができる相手がいなかった。


 勇者が召喚される前は、その力が全ての男を卑小な存在に思わせた。

 王女という立場が、邪悪な男を呼び寄せ、男性全体に嫌悪感を抱かせた。

 勇者召喚が行われてからは、更にその気持ちが強くなった。

 前世で愛読していた恋愛小説に出てくるような、ナイーブで芯の強くて理想と現実に懊悩する男など、現実の世界にはいないのだと思った。


 だが、そんな時にカーツを知り、一気に心を持っていかれた。

 自分が恋愛小説のヒロインになった気分で、恋愛を愉しもうとしていた。

 長年恋焦がれていた、恋の駆け引きをする恋愛小説の世界を、不器用に始めた初々しい少女、それが今のリュシータだった。

 

 

 

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転生王女は弱虫勇者に恋をした。 克全 @dokatu

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