第3話 天下分け目の生放送インタビュー

 矮小極まる私の自我もたかだか二十数年生きただけの私の思想も思考も価値観も美意識も何もかも吹き飛ばして跡形も残さないような圧倒的アイドルオーラの暴風の前に私の意識は風前の灯火だった。写真撮影を終えて兄妹が部屋に入ってきた瞬間から、何の変哲もないこの部屋が神のまします天上の神殿(そんなものがあるのかは知らない)に変わったような気さえした。美は発光するのだということを私はこのとき初めて知った。直視できない光が突然目の前に現れたのだ。


「はじめまして、神乃ジョーです」


 テレビで聞くだけでも惚れ惚れするような声音であったのに、生で聞く彼の声は脳を直接快楽の筆で撫でるような響きを持っていた。艶やかな漆黒の髪は蛍光灯の光を白く弾き、傷みなど微塵も感じさせない。男性にしては白い肌はどこまでも滑らかで、薄らと健康的な赤みが差している。伏し目がちな眼は年齢にそぐわない色香を放ち、わずかに翡翠色の混じる瞳は吸い込まれそうな深さを湛えていた。彼に関して公開された情報は多くないが、さまざまな人種の血が混じっているらしい。鼻筋は高く、少し彫りが深いのが印象的だった。


「は、はじめまして…! 伊分です!」

「こんにちは、神乃アイです!」


 遅れて入ってきた彼女の元気な声は、ジョーの声音に勝るとも劣らない力で私の心を悦ばせた。歳相応の高めの声だが変に甘いところはなく、溌剌とした響きはガラス玉を転がしたように透き通って響く。兄と同じ色をした、肩ほどまでの長さの髪は風もないのに彼女の動きに合わせてさらさらと流れ、それ自体が光を放つかのように艶めいている。彼女を担当する美容師はこの輝く細糸に鋏を入れることにさぞかし苦悩するに違いない。ぱっちりと大きな目は捉えたものの心を鷲掴みにしてしまう引力を持ち、兄より少しだけ明るい色の瞳は星屑を散りばめたようにきらめいている。


「そ、それではインタビューを始めさせて頂きますね……」


 二人の輝く美神を前にして曲がりなりにも仕事を始められそうなのは、私の性質故なのだろう。


 この双子アイドルは互いに引けを取らない神性の美を備えているが、ファンはほぼ必ず「ジョー派」「アイ派」に分かれるらしい。双子でありながら兄妹であるがゆえに生まれる微妙な違いや、落ち着きのある兄と元気のある妹という似て非なる魅力が、見る者が持つ嗜好性と複雑に絡み合って、どちらかに強く惹かれるようになる。


 しかしながら、私は二人の神に全く同じ強さで惹かれていた。もちろん、他の人よりも感じている魅力が少ないわけでは決してない。むしろこの場で暴れ出したいくらいの魅力に囚われている。ただあまりにその強さが一致しているせいで、綱渡りのようではあるが、バランスが取れてしまっているのだった。

 二人はそんな私の様子を、どこか興味深そうに眺めている。


「まずはジョーさん。今回発売となった新曲についてですが、込められた想いを教えてください」

「……そうですね。僕個人としては、この曲はいつも応援してくれるファンの皆さんに当てて歌ったつもりです。僕たち二人はファンなくしては存在できないですから」


 ジョーは穏やかな笑顔を浮かべながら、ゆったりした声音で淀みなく答える。油断するととろりとした暖かい蜂蜜に包まれるような感覚に溺れそうになる。


「で、ではアイさんはいかがでしょう?」

「私も同じ気持ちです。もう、お兄ちゃんが先に答えるといつもこうなっちゃう。私たち、考え方も似ているんです」


 冗談めかして口を尖らせる姿がこのうえなく愛おしく、あまりの尊さに卒倒しそうになる。二人に見えないように太腿をつねることでかろうじて踏みとどまったが、インタビューが終わる頃には私の太腿は跡形もなくなっている可能性が生まれてきた。


「なるほど……では、新曲の聴きどころを教えていただいてもよいですか?」

「はい。僕としてはやはりサビに向けて盛り上がってくる流れでしょうか。あの部分は歌うのもなかなか難しかったのですが、歌詞の主人公の気持ちのピークに合わせるように聴いて頂けるのではないかと」

「そうそう。あの部分は私のコーラスも難しかったんです。でもお兄ちゃんがリードする声に寄り添うように歌うことで、うまくシンクロさせることができたかなって」


 その言葉とともに、アイはジョーの方を向く。ちょうどジョーも彼女の方に視線を向けていたところで、目が合った二人は自然に微笑みを交わす。絵画のように神々しい風景。


「逆に——」


 だからだろうか。私の中の悪戯心のようなものが、首をもたげてきた。誓って言うが、決して二人の仲が悪くなればいいとか、そういった悪意があったわけではない。どちらかといえば職業上の使命感によるものだ。考え方も近く、仲睦まじい兄妹とはいえ、どこかに少しくらい違いがあるのではないか。その違いを明らかにすることで、ファンはより兄妹を深く知ることができるのではないか。


「逆に、お二人がそれぞれ、相手について自分とは違うなと思うところは——ありますか?」


 兄妹は揃って目を丸くし、固まったのち——私の見間違えかもしれないが——一瞬、ほんの一瞬だけ、二人の顔にどこか酷薄そうな印象を持つ影が差し、そして次の瞬間には消えていた。背後でテレビクルーが薄らとざわつく気配がする。


「面白い質問ですね。正直言って、あまり思いつかないのですが。たとえば僕は肉類が好きなのですが、アイは草食系ですね」

「私、肉や魚はちょっとダメで。可哀想になっちゃうっていうか」

「まあその理屈でいえば、野菜は可哀想じゃないのかというのもあるけどね」

「明らかに意識がある生き物と、そうでない生き物を同列に語るのは違うよね」

「しかし生命という意味では同じなんだけどね。他の命を奪わなければならない存在である以上、誤魔化しをせずに有り難く頂くべきだというのが僕の考えなんですけどね」

「でも、可能な限り世界に生まれる苦痛の量を減らすことが正しいことじゃないとは私は全然思わないですね」


 雲行きが怪しくなってきた……だんだん会話の速度も上がってきている気がする。しかしこれは生放送だ、尺がまだ残っている。

「や、やっぱり気兼ねなく意見を言えるというのも仲が良い証拠なんですね!」


 軌道修正を試みる。しかし。


「そもそも、アイはファンに対しても少し振り回しすぎている節があるというか。Tsubuyaiterでもちょっと物議を醸しかねない発言を繰り返しているのは、誠実さに欠けると思うんですよね」

「お兄ちゃんはファンのみんなに媚びすぎているからそう見えるのね。時代は意外性なのだから、予想とは違う動きでファンのみんなを楽しませようという気持ちがないと、真のアイドルとは言えないわ」

「真のアイドルというのは、ファンが期待している方向性を守りながら、それを上回る質の高いパフォーマンスを見せることで成立する。明後日の方向性へ走り出そうとするアイは正直アイドルとしての自覚が足りていないんじゃないかな」


 マズい、聞こえていない。二人とも取り乱したり声を荒げたりはしていないが、淡々とお互いを否定し続けている。言い争う姿すら様になっているが、並外れて見目麗しいだけに神々の戦争じみた迫力が生まれている。


「は、はい! お二人の意外な一面を見せていただきましたが、そんなお二人が声を合わせて歌う新曲は今週水曜日発売です! 視聴者のみなさま、是非ご購入を——」


 上擦った私の声が虚しく響く。天上の神殿は今や、雷鳴轟く終末世界の様相を帯びてきた。

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