第28話 スパッと痛くないように頼むぞ
アルフィン内政状況
人口: 413 人
帝国歴1293年
6月
領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)
黒きエルフ族が移住(+197人)
7月
コボルト族が移住(+48人)
バノジェや小集落から移住(+123人)
ミュルミドン誕生(+10人)
ミュルミドン補充(+30人)
人口構成種族
人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族
雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン
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ごきげんよう、皆様。
通路を抜けた先は鼠の国でした、めでたしめでたしとはとても思えないリリアーナです。
「思った以上に最悪という状況かしらね」
「はい、お嬢さま。素晴らしくくそったれな状況ですねっ」
すぐ後ろにいるアンから感じられるのは凄まじい殺気。どことなくふざけた言い方をしているのは逆に彼女が本気ということね。滅多に怒らない子が怒ると怖いというでしょう?それを思い知った時には命がないものですわ。
「さて、あなたの目的は何ですの?素直に答えてくれるとは思いませんけども」
四方を幾重にも取り囲むグレイヴンの群れ。その手には槍、曲刀、直剣が握られていて、ぎらぎらと光る瞳に宿るのは憎しみとでもいうのかしら?
「ふぉっふぉっふぉっ、このような場まで姫君においでいただいたお礼でまうす。遠慮なく受け取ってくださまうす」
「後悔は先に立たないのですけど、よろしいのかしら?」
わたくしは鞘に戻したオートクレールはそのままに両手でレライエを構え直します。10m程前方にはこちらを睨み据える者がいるのですから。
ローブを着込み、両手杖を構えているのでグレイヴンにしては珍しいキャスタータイプなのでしょうか?先程感じた大きな魔力の正体は恐らく、この者で間違いありません。そして、爺やの魔力を感じた理由も分かりました。
グレイヴンの足元に転がっているボロ雑巾のような物体。血で汚れ、ところどころ切られて分かりにくくなっていますけど、それは爺や自慢のローブ。
そのローブに包まれている人間がどうなっているのかは想像するまでもありません。顔には血が通っているかどうかすら分からないような土気色…生きているかどうかさえ、分からないような瀕死の状態にあるのでしょうね。
でも、まだ爺やは死んではいないのです。まだ、助けられるはず。間に合うはずなのです。
「アン、後ろは任せてもいいかしら?」
「後ろと言わず、全てお任せいただいても平気ですよ」
アンが本気なのはよく分かりました。普段であれば、一振りしか使わないショートソードを二振り構えているのですから。アンが二刀流の構えを取るということは必ず殺るという意思の表れ。
わたくしは背後を完全にアンに任せ、こちらを見下すかのように下卑た表情を浮かべている鼠を無視して、爺やと話をすることにしました。
『ねえ、爺や…あなた、わざとこうなったのでしょう?』
『違うとも言えんのう。わし一人でどうにか出来ると思ったのは確かじゃがな』
『爺や、あなたは決めていたのですね。わたくしの記憶が戻ったら、それをしようと思っていたのでしょう?』
『ふぉっふぉっ、お主の前で虚勢を張るのは無駄じゃったな。そうじゃ、それがわしの望み。生涯を賭け、成し遂げんとした望みじゃ』
『本当に?二度と戻れないその道を選ばれるの?人としての心が残るかも分かりませんのよ』
『それでも…かまわんのじゃ』
『よろしいのですね、爺や』
『スパッと痛くないように頼むぞ』
『善処は致しますわ、ふふっ』
「もう謝っても遅いのよ?あなたが十秒後に泣き叫ぶ未来が見えているのですけど」
「ふぉっふぉっふぉっ、戯言でまうす。わしはグレイヴン最高の魔術師ですじゃ。人如きに負けるはずないのでまうす」
「力の差が分からずに戦いを挑むのは勇気ではなくってよ?それは単なる無謀、匹夫の勇ですわ。身の程を弁えぬ者には未来などないのです」
両手で構えたレライエを勢いをつけ、その刀身を床へと思い切り突き立てました。ガシャッという床がひび割れる音とともに刀身と大地がリンクしたのを確認し、わたくしは仕上げへと入ることにします。
「エレシュキガルの名において命ずる。我は汝の主なり。汝は我が僕なり。汝に罪なし。契約は為されり」
人より少々、発達していて尖った犬歯で左の人差し指を軽く傷つけるとレライエの刀身に滴り落ちる血を垂らしました。
わたくしの血は刀身を通じて、大地へと流れていく。それは契約の証。
レライエによってひび割れた床の裂傷は爺やへと向かって、進んでいきます。まるで生き物のように。
そして、止まった大地の裂け目は猛獣が口を開け、獲物を喰らうかのように爺やの身体を一瞬で飲み込みました。
「な、なんじゃ、何が起こったのでまうす?」
ゴゴゴゴゴと怒りに打ち震えるかの如く、大地が激しく震動し始めました。震動が止まり、静寂が戻るとソレが宙に突如として現れました。何もない空間から、現れたソレは闇そのものを具現化したような漆黒のローブを身に纏い、骨しかない手に奇妙な意匠が施された両手持ちの杖を構え、宙に浮いています。その頭にも肉と呼ばれるものは付いておらず、眼窩には瞳ではなく、爛々と輝く炎のような光が煌めいているだけです。
わたくしは床に刺さったままだったレライエを抜き、構え直してから、宙にふわふわと浮いているソレに話しかけました。
「ねえ、爺や、気分はどうかしら?いいえ、
「かっかっかっ。最高の気分じゃ。これが力じゃ。パワーじゃ」
爺やだったソレは朗らかかつ邪悪な笑みを浮かべ…ううん、シャレコウベだから、いまいち表情は分からないわね。どう笑っても口を開けて邪悪に笑っているようにしか見えないもの。
「さあ、約束の泣き叫ぶ時間ですわ」
「かっかっ、わしの出番じゃ。腕が鳴るのう」
「骨しかないようだけど?」
「腕は腕じゃ。肉なくとも腕じゃ」
横目でちらっと見るとアンが百匹以上のグレイヴンを軽く、血祭りにあげながらその動きを止めることなく、次々と獲物を狩っています。あまりに一方的過ぎるけど命を弄ぶものが無様に狩られても仕方がないことですものね。
さあ、見せてもらいましょうか。生まれ変わった爺やの不死者としての力とやらを。
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